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「趣味とドールの融合ページ。PARTUは・・・。
「フランスって、どんな国?」。です・・・。

もはや「ホットスタッフ・ファン」とはかけ離れつつありますが・・・。
気を取り直して行きましょう。 ドール「とうとう居直ったのね」 作者「考えてるんだよ本当」「どーやってホットスタッフ登場させるかなぁ・・・、んっ、あぁやるか、んー今一だなぁ・・・。」 ドール「しらじらしぃ」。

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− 目次 −

T 前置き。

U 民主主義自慢、アメリカ合衆国 VS フランス共和国。

V フランスの夜明け。

W フランスを説明するに、ローマは避けては通れぬ龍。

X 東西ローマの趨勢(てんまつ)。

Y 輝かしきローマ期から暗黒の時代へ、なぜこの期は「暗黒の時代」と呼ばれるのか?

Z 真打登場、「カロリング朝・シャルルマーニュ(カール)大帝!!」。

[ あまりに膨大過ぎる「ヨーロッパ中世史」。すみません、飛ばします。

\ 中世史飛ばすと、いよいよ近代史へ。近代史検証の大前提を、もう一度カロリング朝から・・・。

] 中世史飛ばすと、いよいよ近代史へ。近代史検証の大前提を、もう一度カロリング朝から・・・。2。

XI 植民地争奪戦に乗り遅れたドイツ・プロイセン。

XII 強いドイツ人、軟弱なフランス人。本当にそうなの・・・?。

XIII 総論。周りを帝国に囲まれるフランス共和国、高みの見物のアメリカ。やっぱりフランスは頑張った

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キチンとした歴史を学びたければ、作者も通いましたが。「図書館」に行けば良いわけで・・・。
こんな「うさん臭い」うんちく読む必要無いわけで・・・。

ここでは「あくまで」。正確さよりも、「分かり易さ」「全体のつかみ易さ」を主題において進めます。
そのための方法論として「なんと」。歴史の勉強としては「邪道」の極みですが。「映画」を引き合いに出しながらご紹介します。
文書の構造としては。有史以来のフランスの歴史を「本文」として。四角で囲った部分の中で、「映画」による歴史紹介を行っています。

中心となるのは十八世紀〜十九世紀で。中心部分を「四角で囲った映画紹介」、その他の全体の歴史を本文で綴ります。
なので、本文と「四角で囲った映画紹介」は。別々に読んだ方が良いかもです。(本文が前史となります)

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まだ。
写真ができてません。映画紹介もまだ出来上がってません。制作途中です。

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T 前置き。

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日本人の意識で最も大きな外国は、言うまでも無くアメリカですね。
一方、「日本政府」で考えると、その樹立に当たって最も真似をした(お手本にした)のは。「ドイツ・イギリス」です。
一方フランスはどうでしょう・・・。

政治はドイツ、文化と経済はアメリカ・・・。フランスって、意外と馴染みが無いですよね。

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一方。
歴史的に見るフランスの果たした役割は、極めて大きいです。
むしろ「現代世界の社会体制を「フランス一国」で切り開いた」、と言っても過言ではありません。

つまり今の「民主主義国」、もちろん日本も含め。「フランスの子供」とさえ言えるほど「偉大」な国なんです。実は。

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で。
フランスの歴史を知りたければ、「こんなページ見なくとも」。ネットや図書館で調べりゃ良いじゃん。となります。

← 左「要説世界史」 右「同時代的 図解世界史」。

参考文献としてはなんとも素朴な、高校教科書(要説世界史)。

高校の授業は「居眠り」と割り切っていたので(ドール「割り切るなー」 作者「こういう悲劇が起こるからこそ、入試よりも卒業試験を重視すべきなんだね」 ドール「すり返るなー」。)、ほとんど覚えていないし、成績も悪かったけど。
昔から歴史は好きでしたね。

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十五年ほど前、毎日通った「図書館」の本。図解世界史。

いかにも「英文を訳しました」的言い回しが、逆に新鮮で面白かったですね。物凄い重量・大きさ・ゴツさを誇り。貸し出しできる本の中では最強クラスで。

何と。全ページスキャンして、カラー印刷して、ボンドG17で製本しました。Win98 時代で、凄い労力ですが。
この頃は。「自分で印刷できる」事がうれしくて。他にも多数の本を作っていて、400ページの本やムックをセッセと作っておりましたとさ。 ドール「暇人」 作者「まーねー」。

なので・・・。ここでは「趣向」を変えて。「映画を通して」、歴史を紹介したいと思います。
正確な歴史を知りたい方は、ウィキや図書館。もしくは学校の先生に聞いて下さい。このページの記載には、作者の主観論が込められていますので、予めご了承下さい。(間違っている部分もあるかもです)

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現代世界の枠組みが固まった時代。
即ち、1800年代から1900年代を中心にお送りします。映画のほうは、あまり古い映画だと馴染みが無いので。この時代を背景とした映画で。

○ 「マリーアントワネット(フランス革命への歴史)」。

○ 「ラ・ミゼラブル(ナポレオン時代前後)」。

○ 「ムーランルージュ(民主主義政治最初期)」。

の三作品です。


マリー・アントワネット

ラ・ミゼラブル

ムーランルージュ

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本題に入る前に、映画「ラ・ミゼラブル」について・・・。

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この三作品の中では、作者の主観的評価として、最もお勧め作品です。

と言うより、一生に一度は「絶対に見るべき作品」です。そして「泣きましょう」。

原作はヴィクトル・ユーゴーであり、文句無く最高峰。

和訳では「ああ無情(お恥ずかしながら今知りました)」。
「泣くに値するストーリー」なのです。

むかし作者はアマチュア劇団で手伝った事もあり、もともとミュージカルは知っていたし、「見てみたい」とも思っていました。

しかし舞台を観に出掛けるまでは至らず、最近、映画のDVD化でやっと願いが叶いました。

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素晴らし過ぎです。

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U 民主主義自慢、アメリカ合衆国 VS フランス共和国。

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さてさて・・・。
ここまでフランスを持ち上げると、当然「アメリカの方が・・・」となるでしょう。
実際「民主主義のパイオニアはアメリカだ」。「アメリカ独立の方が年代が早いじゃないか」等の見方が大半なのはご承知の通りです。

しかし作者はこう考えます。
「確かに独立はフランス革命より先かも知れないけど、その後。アメリカは民主主義を守る努力を、長らく「怠った」と」。

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近代民主主義憲法を初めて取り入れたのは、紛れも無くアメリカです。

しかし総論としては、アメリカは「積極的民主主義志向」というより。

「封建ヨーロッパに対するアンチテーゼ(反発)」としての制度。の色が濃かった。と。作者は考えます。

「積極的だろうと、反抗心だろうと、結果が同じなら同じじゃないか?」と思いますが。やはり何事にも、原点は大事だと作者は考えるのです。
理由はこうです。

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現代世界の私たちは、第二次大戦を、「自由主義のためにアメリカは戦った」と信じていますね。でもこれは「結果論」なのです。

結果論を用いて過去の歴史を考察するのは極めて危険です。
そもそも時間的な前後関係が間違っているし、その上、いわゆる「勝者の歴史の探求」に過ぎないからです。
古代史のように、それしか資料が残ってないのなら仕方ありませんが・・・。

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なぜ「アメリカ」ではなく、「フランス」を取り上げるのか?。この疑問の「大前提」に触れておきます。

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アメリカが独立し、フランス革命が拡大し、これがナポレオン戦争へとつながり。結局、フランスは皮肉にも「再び専制政治」に戻ってしまいます。
しかしすぐに、ナポレオン帝国と王制は廃され、その後、民主制(共和制)に戻り。

「ヨーロッパ諸王国」と、「フランス一国」の対立という。(再び)大フランス包囲網が完成するわけです。
いまだ「王制」を続ける周辺諸国にとって、共和主義を啓蒙するフランス市民は、「目の上のコブ」だったのですね。

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「フランスに勝ち目は無い」と思いきや。諸王国の王様の、「エゴ」のぶつかり合いが深刻化(ウイーン会議など)。
「婚姻関係」等でつながっていた諸王国は。その「要」だった大英帝国女王ビクトリアの死去により空中分解を起こし。なんと「昨日の友は今日の敵」状態。
大枠で「ドイツ・ハンガリー組み」と「イギリス・フランス・ロシア組み」という対立構図に変化します。まさに「なんでそうなるの・・・?」。

こうしてご存知のように、いわゆる「一発の銃声」により第一次大戦は勃発した訳です。

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さてさて・・・。「この頃アメリカは、何をしていたか?」。

もちろんコレは作者の、「単なる持論」「単なる揶揄」に過ぎないかも知れません。
アメリカのやっていた事はズバリ!。「死の商人(武器商人)」です・・・。

「ヨーロッパで何が起ころうと関係ない、自分の利益が上がればそれでOK。」という、いわゆるモンロー主義というか、儲け主義を露骨に進めただけで。
そこには「民主主義のため」などといった、アイデンティティなど「カケラ」もありませんでした。

もちろんセオドア・ルーズベルトは早くから、「世界警察アメリカ」を唱えていましたが・・・。
この期のアメリカは、「資本主義が民主主義を凌駕してしまった」と言えるでしょうか?。

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但しもちろん異論もあります。

フランスは周りを専制政治に囲まれ、アイデンティティを「拠り所」にせざるを得なかった。とか。
(つまり必要以上に「民主主義」を叫ばなければならなかった)
「そもそもナポレオン時代、「干渉戦争」により、フランスのほうが周辺諸国を攻め立てたじゃないか」。等が挙げられますが。

まぁ作者としては、「四面楚歌」の状態で、「良くもフランスは頑張った!」。
と言う意味を込めて、「高みの見物」を決め込んだアメリカでは無く、渦中のフランスを取り上げた訳です。

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ソフィア・コッポラ監督。映画「マリー・アントワネット」。

作者自身、観始めて「この規模の作品で、この作風はダメだろう」と思いました。
セットも金かけてるし、どうしてこの規模でこの作品が作れたのか、素朴に疑問を抱き調べてみると・・・。

ソフィア・コッポラ監督がフランシス・コッポラ監督の娘ということで納得しました。

この映画を観始めて、自分的にはヒロイン可愛いし、ミュージカル映画の要素を取り入れ(恐らく「フット・ルース」)ているし。
自分的には好きだけど、一般的には「無理があるのでは?」。と、思ってネットで検索したところ。

カンヌ映画祭ではブーイングだったという事で、「ブーイングも承知の上」だったにせよ。「凄い冒険」の映画でした。

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← 上から。「オーストリア・シェーンブルン宮殿のマリーアントワネット」。 「フランスへ旅立つマリー」。 「ベルサイユ輿入れ」。 「ルイ・オーギュスト(後のルイ16世)との結婚式」。

ここまでが順当。この映画の、いわば説明・前提部分。構成は、キチンとこのような「テツ」を踏む、「素直な作風」です。

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余談ですが、馬について・・・。
以前作者は知人と物議をかもしましたが。映画シーンでもよく目にする「馬」。

例えば「三銃士ダルターニャン」の「ロシナンテ号」は、コミカルにするため「毛の生えた短足馬」を使っていましたしが・・・。
全体的には、「颯爽と駆ける」表現のため、「サラブレッド」を使っている事が多いですよね。

でも欧米はともかく、実は。
日本の在来馬は、肩高1m程度の馬しかいませんでした。

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武士が具足(鎧)を付けると、約20キロぐらいになるのですが。当時は平均身長が低かったとは言え、フル装備の武士が「馬で駆ける」光景は。

実は映画で見るものより、ずっと「小さな馬」にまたがっていたのですね・・・。

馬にとっては相当な負担で、現代に置き換えると、身長150センチの人が「ポニーにまたがるさま」が正解となります。
チョッとイメージ違いますね。

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V フランスの夜明け。

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さて、やっと前置・前提から本文へ参ります。まずは「有史以来のフランスの歴史」を、ざっくり振り返ります。

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フランスが歴史に顔を出し始めるのは、いわゆる「ガリア」の頃からです。
この頃はまだ、ご存知「ゲルマン人」も流入しておらず。ガリア人がどこの民族の人間なのかは謎です。
(有史初期の現住民族は、どの地域でも不明な点が多いもので。ガリアが特別、「謎が多い」という意味ではありません。)

但しここで、少しだけ注意すべきは、「ガリア」という名前は、敵国「ローマ人」の呼んでいた名前だと言うことです。(これも「良くある」事ですが)
先ほども書きましたが、これもいわゆる「勝者の歴史」に他ならないのですね。

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この期の最も有名なエピソードは・・・。

カルタゴの恐怖の将軍「ハンニバル」が、ローマを攻めるにあたり。
なんと、アフリカ北部のカルタゴが、わざわざガリアまで「遠回り」し。ガリアで「傭兵」を集め、逆の方向からローマを攻めた事でしょう。

カルタゴとの戦いは百年もの間続いた(いわゆる「ポエニ戦争=百年戦争」)のですが、この時が(共和制)ローマ最大のピンチでした。
この戦いを「からくも」しのいだローマは、戦争全体で優位に立ち。カルタゴに勝利し、恐ろしい事にローマ軍は、カルタゴの街を徹底的に破壊し尽くし。

栄華を誇ったカルタゴは、歴史から完全に抹消されてしまいました。
資料が残って無いのに「栄華」とはコレいかに。まぁ、ローマ側の資料と、「あの」ローマと戦ったのだから、相当な勢力だっただろうと言う、勝手な了見です。

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ローマの勢力、ローマの支配領域は、特にこのカルタゴとの戦いに勝利した以後。急速に拡大します。

その領域はなんと、「ブリトン(イギリス)」にまで及び、ヨーロッパ大陸ほぼ全域」。更にはアフリカ大陸地中海沿岸、アナトリア(トルコ)、シリア・イェルサレム・エジプト等を支配域に収め。

「冠地中海全域」をその手にしたローマ人は、地中海の事を「我らの海」と呼びました。

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ところで。「ローマの支配域がブリトンまで達していた・・・」。

と言うと、おのずと「じゃあブリテン島とローマの間のフランス(ガリア)も、ローマ支配に入った・・・?」。
と。思うのが自然ですが。

これはポイント。ローマ軍は、実は遠征に「船」を使用していたため。確かにフランス沿岸部はローマ支配に入りましたが、なんと内陸部は。

「ほとんど手付かず」だったのです。

例えば後の「イスラム勢力」が、地上を移動して侵攻したのとは対照的。面白いですねぇ。 ドール「なに独りで面白がってんの」「来訪者様はシラケテるわよ」。

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歴史的背景を少しだけ。
ご存知の通り、「フランス王国」史上、最も強力な体制を築いたのが。

「太陽王ルイ14世」です。

写真左が。そのルイ14世死後、五歳にして王位に就いたルイ15世。
真ん中がマリー、右がルイ・オーギュストです。

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言うまでも無く、このマリーとルイ16世がフランス革命によって処刑され。専制君主は一度途絶え。ナポレオン皇帝を経て、再び訪れた専制君主として。このルイ16世の弟。

ルイ18世。いわゆる「プロヴァンス伯爵」、が王制復古しました。

マリー・アントワネットは。
オーストリア復興のため心血を注いだ、「フランツ一世」と「マリア・テレジア」の娘です。

相関関係はひじょうに面白いので、ぜひ調べてみて下さい。例えば「モーツァルト」なんかともつながってきたりして。
ちなみに・・・。ルイ15世は大変「お盛ん」で。「マリーアントワネットは、ウブなルイ16世より、ルイ15世の子を産むだろう」と揶揄されましたとさ・・・。

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← ルイ15世の「愛人」との確執。

この映画を見始めて感じた事として。
まずこの作風からして、「マリー・アントワネットのギロチン処刑は無いだろう」と察したのですが・・・。
そうなってくると素朴な疑問が浮かんで来ました。

マリー・アントワネットは、生涯を「王室」という、「閉ざされた世界」で生きた人であり。
戦争で名声を得たり、姉のように政治的手腕も振るいませんでしたし。つまり「エピソードが無いのです」。

正直「宮殿内での確執・宮廷闘争しか無いよな?」と感じました。

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実際、この映画はほとんど全編ベルサイユ宮殿内の事象で。終わってみれば、逆に「良く一時間以上もの間、この構成で「持たせた」なぁ」。と感心しました。
自分は元々この映画は好きですが、これは改めてこの映画の評価部分ですね。

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← 結婚初夜。マリーとオーギュストの寝室に集う、国王、祭司、貴族たち。

王室と言えば、この映画で知ったのですが。
ベルサイユ宮殿では、「貴族特権」として。貴族は出入り自由であり。

なんと、「王族のプライバシー」はほとんど無かったそうです。

しかも王族の「身の回りの世話」も貴族特権で、なんと「靴を履く」事さえ。
「貴族の仕事」で。「自分で靴を履くことさえ出来なかった」そうです(笑)。

それが影響していたのかは定かでありませんが、マリー夫婦にはなかなか子ができませんでした・・・。

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W フランスを説明するに、ローマは避けては通れぬ龍。

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版図が広大になると、ローマは「共和制(元老院制)」の持つ、「政策決定の鈍さ」が次第に露呈し始めます。

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これを「力」で変えたのが、ご存知「ユリウス・カエサル(シーザー)」で。
カエサルは正確には皇帝ではないけど、実質的「皇帝制度」を発足させ。以降ローマは帝政となります。

ローマ史上最大版図を築いた「トラヤヌス(作者はハドリアヌスと覚えていたが)帝」。
映画「グラディエータ」でも有名な「五賢帝時代」の後。「軍人皇帝時代」を向かえ、ローマはなんと、最大「七十人もの皇帝」が乱立し。内戦状態へと突入します。

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コレをなんとか収めたのが「コンスタンティヌス帝」で。

ご存知、ローマ首都をコンスタンティノープル(トルコのイスタンブル)に遷都し。
「ソリドス金貨」の発行など、通貨改革。「ミラノ勅令」などの宗教改革なども推し進め、ローマを復興させました。
(ソリドス金貨は「ノギスマ金貨」の真似だし、ミラノ勅令だってその「真意は不明確」とされますが。大きな「尽力」を注いだことは確かです。)

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帝都(コンスタンティノープル)ではその後「ギリシャ語」が公用語化され、更には「ギリシャ正教」が国教会となり。いわゆる「ギリシャ化」が進みましたが・・・。

旧都ローマでは、いぜんとして「ラテン語(ローマ語)」「ローマ・カトリック」が中心で。新旧都市間の対立が激しくなってゆきます。

結局、ご存知の通り。四世紀末。
ラテンカ・トリック教会とギリシャ正教会が、「お互いを破門」し合い。ローマはいわゆる「東西ローマ」に分裂します。

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「チョッと待てこれは、フランスの歴史ではないのか?」。

まぁこれは本来必要無いかも知れませんが。現代のフランスが、いわゆる「ローマ・カトリック(ラテン・カトリック)文化圏」に属している事の。
源流(理由)を紹介している、という事でご了承ください。

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日本で「神様」のように崇拝される、高級料理「フランス料理」。

歴史的背景でも、世俗的背景でもなく。
「料理に疎い」作者が語るべき事象ではないのですが・・・。

フランス料理とは、「極めて厳密に、食材・調味料等が「科学」された料理」でした。

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科学等と言うと大げさですが、実際、この時代の欧米は。凄まじい勢いで、「科学」が発達し。
これと関連付けるのは少々乱暴かも知れませんが・・・。

フランス料理とは、「レシピ」と呼ばれる。「もの凄く厳密な「製法」が存在し」。
「グラム単位」「分単位」で厳密に料理されるこの調理法は、まさに「化学実験」と通ずるものがあります。

この為。
例えば「推測の域」を脱しない「江戸時代料理」と異なり、フランス料理はこの「レシピ」が残っているので。

驚くべきことに「中世時代の料理を、現代でも完全再現」できるのです。

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プロヴァンス伯爵に「先に子が出来て」、打ちひしがれるマリー。

歴史的背景を少し・・・。
このマリーアントワネット時代は既に、「王位継承権」が。「完全にシステム化」されていました。

現代では当たり前のように思われますが。実はそうではなく。

もともと「王権」とは、策略によって「勝ち得る」のが世の常で。
中世史に至っても、謀略・暗殺が行われ。

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もっと言えば。
「帝政ローマ時代」においては、凄まじい極めて「露骨な「皇位簒奪」」が横行し。
逆に言って、「こうした宮廷闘争に勝った「強い王」が皇帝になるべき」。という向きさえありました。

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実はこれは、歴史を見る限り。意外と「合理的」事象であり。「帝政ローマの強さの秘訣」でもあった。と、作者は思っています。
10世紀を過ぎると、ローマでも。王権を子孫に継がせる、いわゆる「世襲」が普通になりますが。

「その分」なのかは定かでありませんが、この後「ビザンツ帝国」の力は衰え。十五世紀に終焉を迎えます・・・。

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X 東西ローマの趨勢(てんまつ)。

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その後東ローマは存続し続け、スラヴ文化等の影響を受けながらも、本来のギリシャ正教文化や帝都コンスタンティノープルを。千年以上守り続け。
十字軍支配によりその命脈を絶たれるも、ご存知の通り。現代世界の「東欧諸国」の礎を築きました。

「人類史上の大偉業」の一つと言えるでしょう。

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ちなみに、世界史の中でそれ程大きく取り上げられない「東ローマ(ビザンツ)帝国」を、「大偉業」と称する理由・・・。
後の「西欧ラテンカトリック諸国」はその後。よく言えば「宗教の信仰を深め」、悪く言えば「宗教を利用しながら人身掌握」して行きます。

発端は「偶像崇拝問題」です。
ご存知旧約聖書では神の絵や像を作ることを禁止していますが、ラテンカトリックでは「布教のためにやむなく」。キリスト像を取り入れます。
その後この、「神の名の下」の精神が増大し続け。政治・戦争名目に用いられるようになり、聖職者が王権を持ち「支配者」に君臨するようにもなりました。

一方ビザンツでは、最後まで絶対権力は「皇帝」であり。
いくら聖界諸侯の権力が増大しても、「皇帝が一蹴できる立場」。つまり「政教分離」が守られていたのです。(もちろん現代世界の「政教分離」とは比べ物にならないほど原始的ですが)

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一方西ローマは、分裂直後から衰退の一途をたどります。

傭兵として雇っていた「ゲルマン人」が蜂起したり。現住ゲルマン人の流入が続き、いわゆる「ゲルマン人の大移動」により。
西ローマ支配域は次々と滅び、とうとう最後の「(西)ローマ皇帝」も廃され。ローマ帝国は滅亡します。

(ローマの呼び方について。当時のローマ人は当然、「自国が正当なローマだ!」と思っていたので。「東西」という呼び方は、後世の歴史家が学術上付けたものです。もっと言うと「ビザンツ」というカッコ良い呼び方も、何と「後付」の、いわぱ「ニックネーム」なのです。タイムマシーンができて、もし現地に行ったら気をつけましょう。 ドール「おっさん!」。)

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こうして流入したゲルマン人たちはこの、「西ヨーロッパ地」に。無数の大小さまざまな国家、もしくは「村々」を築いていきます。

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フランク族、アングロ・サクソン族、ゴート王国、オドアケルの王国等等・・・。
築いただけなら、「ローマ帝国を打ち破って独立を果たした勇敢な民族」って思うのですが・・・。

これらのゲルマン人諸国家は、お互いが「激しい戦い」を、非常に長く続け。このため、歴史家の間でこの表現は賛否両論ですが。

いわゆる「暗黒の時代」を迎えることとなってしまいます。

ゲルマン人同士の戦いは凄惨を極めました。
ヴァンダル族の海賊行為は、西地中海の海上交易をほぼ完全に消滅させ。北欧ヴァイキング(ノルマン人等含む)の「略奪」「破壊」行為は、当時の住民を恐怖に落とし入れました。

もちろん。
その中心地に存在した、「フランク族」も。その渦中にあったことは言うまでもありませんね。

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映画に焦点を戻して、「ザサッと」進めましょう。歴史的背景、学術的検証結果との整合性はわかりません。
この映画は「歴史映画」ではないので。


弟夫婦に先に子ができ、一度は落ち込んだマリー。しかし悲しみを振り切り。
逆に「反動」のように、「遊び」に興じ始めるマリー。


当時は当然「プラスチック」など無かったのに、もの凄い「彩り溢れる装飾」。
ヨーロッパの「富」「科学力」「文化」を、改めて感じさせます。


マリーの暴走は留まる事を知らず。とうとう「仮面舞踏会」にデビュー。

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← 「水のようにワインを飲む欧米人」。
← 同じく「水のようにミルクを飲む欧米人」。

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「どんだけ?」。と、ビックリするほどお酒に強いヨーロッパ人。
それに、「こんなに飲んだらトイレに直行!」。と、自分のお尻を押さえたくなる程、ミルクをガブ飲みするヨーロッパ人。

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「DNA」等と言うと大げさに聞こえますが。残念ながら・・・。
日本人は「アルコール」「ミルク(の一部成分)」を「分解する酵素」を持っていない人がほとんどで。

残念ながら、欧米人のようにお酒やミルクを飲むことができません。

それどころかミルクはともかく、アルコール(アセトアルデヒド)分解酵素を持っていない人にとって。「お酒は毒」以外の何者でもなく。微量であっても「毒は毒」。
致死量を超えれば死に至る、猛毒なのです。

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Y 輝かしきローマ期から暗黒の時代へ、なぜこの期は「暗黒の時代」と呼ばれるのか?

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ただし、ここで断っておきたい事があります。「アメリカ大陸」とか、「オリエント(中東)全体」とか。

広大な地域が、全体的に戦争状態に陥る事は。実を言うと。
人類史上では珍しい事ではありません。

逆に、「もっと酷い状態」に陥ることさえままある程です。(だから「暗黒の時代」の表現に異論がある訳ですね)

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作者はこの「暗黒の時代」の表現には賛同していて。ここではその理由を三つ挙げてみたいと思います。持論です。

○ 住民の移動・流入が激しく、本来その土地に根付いた農耕が失われ。例えば「麦の収量倍率」が著しく低下し、生活が貧窮した。
(残された資料から、「極めて」効率が悪かった事が検証されています。)

○ 世界規模の交易を誇ったローマと対照的に、「地上路」「海上路」が完全に寸断された事により。ほぼ「自給自足」状態に陥ってしまった。
(自給自足とは、一度「飢饉」が起きれば全滅の恐れをもたらす。極めて「危機的」状況です。)

○ ゲルマン人支配者には、作者の推測する限り。「歴史的名声」の意識が強かった事がうかがえ。このため、「必要以上に」。
占領した地域の「資料」を、「徹底的に「破壊」「抹消」した形跡があります。

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も一度言いますが、こんな仮説は聞いたことがありませんが。
以上の三点の中で、最も特筆すべきは「歴史的資料の抹消」にあると思っています。

例えば文字を持たない民族ならまだしも、ゲルマン人諸部族は、そのほとんどが固有の文字・言語を有していたのに。
この「暗黒の時代の西ヨーロッパ地」の歴史は、「驚くほど」資料に乏しいのです。

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このような背景により、「後世の歴史家達」が、この時代を科学するのが困難な時代であった事から。
いつしか「暗黒の時代」と呼ばれるようになった・・・。
これが作者の持論の結論です。

否、逆に言うと。「ローマの残した記録」が膨大過ぎなのかも知れませんね。

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歴史的側面に戻して進めましょう。


国王「ルイ15世」崩御。

← こうして訪れる、この映画のクライマックスでもある。ルイ・オーギュスト改め、「ルイ16世」戴冠式。

← 夫が王位に付いてなお、子の産まれぬマリー・アントワネットを心配し。
マリーの兄ちゃん、「神聖ローマ皇帝ヨーゼフ二世」がベルサイユを訪れる。
ヨーゼフ二世訪問が効いたのか、マリーは娘「マリア・テレーズ」を儲けます。こうして名実共に「王妃」となったマリーには、「贅を尽くした田舎」の離宮。

「プチ・トリアノン」が与えられます。 →

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↑ 摂政・宰相の勧められるがまま、「増税」策に調印するルイ16世。

こうしていよいよ、「このページ的」クラスマックス。ルイ16世衰退期を迎えます。
ルイ16世はフランス王国最後の王となったため、「政治的無能者」のイメージが強いのでが。経済対策に「有識者」を登用したり、「拷問廃止」に理解を示したり。

少なくとも政治的無能者と言うほどの人物ではなかったそうです。

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← 映画の構成上の演出でしょうか。「広大なベルサイユ宮殿を、ポツンと歩くマリー」。

アメリカ独立戦争に醵出し続けたフランス王国の「国庫」は、とうとう破綻の時を迎えます。
ベルサイユ宮殿に詰め掛ける大群衆。
その前にひれ伏すマリー・アントワネット。
ルイ16世はベルサイユ宮殿を捨て、ヴァレンヌ逃亡事件を起こします。


↑ この映画の象徴的シーン「ルイ16世寝室」。
これの「成れの果て」を最後のカットとして、この映画は終わります。

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最後に、ルイ16世に対する。作者の個人的見解を・・・。

例えば。退位を求めて「ニカの乱」を起こした群衆を、后妃の助言に奮起し、これを制圧し。結果的に「権力基盤」を固めて、後に「大帝」の名を呼ばれることとなった、ローマ皇帝「ユスティニアヌス帝」。
「血の日曜日」事件以降、徹底抗戦を強いた。ロシア皇帝「ニコライ二世」。

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フランス革命だって相当な犠牲者を出していますが。歴史に見るような、反政府組織への「大弾圧」「大量殺戮」は見られません。
もちろん、プロイセンに内通して革命軍集の被害を増大させるなど。政治力で弾圧したに他なりませんが。ルイ16世幽閉時の警護隊など。ルイ16世に「発砲を禁止されていたため」、逆に警護隊の方に「大量の犠牲」を出した程でした。

加えて、前後しますが、「戦うどころかヴァレンヌ逃亡」。
これら事象から、「ルイ16世の腰抜け」イメージが沸いてくるのは当然かもしれませんし、作者もその一人でしたが。改めてこの「ルイ16世」を調べてみると。
作者にとって、意外と「親密感」を覚える人物でした。

争いを好まず、まぁ政治的能力が低かったにせよ。「できるだけ、フランス復興に尽力を尽くしました」し。
最後の亡命事件も、これがもし市民弾圧を強行し。ベルサイユ宮殿にバリケードを築いて「徹底抗戦」を強いたら、それこそ「どれ程の犠牲」を出していた事か検討も付かないですよね・・・。

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Z 真打登場、「カロリング朝・シャルルマーニュ(カール)大帝!!」。

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そんな動乱の世を、「ほぼ制圧」する人物が現れます。

フランク王国(最大版図)を築いた、「カロリング朝・シャルルマーニュ一世」です。

やっと、「フランスの歴史」っぽくなってきましたね。

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英語では「チャールズ・ザ・グレート」。日本の教科書では「カール大帝」でお馴染みのこの人物は。
現代の「西欧諸国」と呼ばれる地域をほぼ制圧し、一時的にしろ、「平和な世」を築きました。

「フランス」の建国者にして、後の「神聖ローマ帝国」の太祖とも言える人物で。
「学が無いため、毎夜勉学に励んだ」とか、「東ローマ(ビザンツ)に、自らの「皇帝位」の承認を迫ったが断られた」。とか・・・。

数々の逸話・実話を語り継がれる、現代の「西ヨーロッパ」「ラテンカトリック文化圏」の枠組みを築いた、偉大な人物です。

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さて。
ちょうど800年にローマ皇帝位に就いたシャルルマーニュ一世(ビザンツは認めませんでしたが、勝手になっちゃいました皇帝に。)ですが。
その死後は再び国土は分裂し。戦乱の世に逆戻りします。

大きなポイントです。

特にヴァイキングの襲撃・略奪は凄まじく。

これが西欧諸国の社会構造を変えた原因と言われています。

つまり。「小単位の領地支配により守りを固める」。いわゆる「封建主義」の始まりです。

普通で考えれば、「大きな国を作って、みんなで力を合わせて立ち向かった方が」。と思いますよね・・・。
でも実は、ヴァイキング襲撃と言うのは、戦争というより「ゲリラ」「テロル」に近く。

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実は大国というのは、「テロ行為に、意外に弱い」のです・・・。
これも持論ですので、ご注意下さい。

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しかし作者の持論の中でも、自分的には大変に大きな存在です。

「なぜヨーロッパは、強い封建社会なのか?」。

「EU」が発足した現代では、ほとんど理解できない事象であり。今の、少なくとも日本人にとっては「疑問を抱く事」すら無くなってしまいましたが。

実は、この強力な封建制度への反動こそが、「自由の国アメリカ」を生み出したのです。

更に言えば、これは「結果論」ですが。
アメリカ独立戦争の資金援助のために増税したフランス・ルイ王朝が、以前よりの憤懣と相まって「フランス革命」を起こした。

つまり結果論だけで論ずれば、「アメリカ独立」こそがフランス革命の引き金になったと言えるでしょう。
マンハッタン沖に、あの立派な「自由の女神」が鎮座するのもそういう事なのですね。

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ここからミュージカル映画「ラ・ミゼラブル」です。

← 上から。

○ パンを盗んで長い刑務に服し、重労働を強いられる「ジャン・バルジャン」。
軍港で座礁した帆船を引き上げるため、腰まで水に浸かり大綱を引く風景は、まさに「圧巻」。この映画冒頭のインパクト映像です。

歴史的背景はこの後紹介しますが。パン一個盗んで長期刑務に、このような危険な重労働。
「人権」が確立している現代では考えられませんが、専制政治下での第三身分(下層民)とはこのような「理不尽」が横行しておりました。

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○ 「仮釈放」されるも、出頭要請に応じず、逃亡するジャンバルジャン。

○ 「よそ者」として、子供にまで石を投げられる。寒村に逃亡するも、元々地方の集落は保守的であり。
服役の烙印の押された身分証では、泊めてもらうことすらできません。

○ そんなジャンに救いの手を差し伸べる祭司様。

○ 人間不信のジャンは、そんな祭司様の恩を踏みにじり。食器を盗んで逃亡。
すぐに捕まって、祭司様の下に引き立てられます。

○ ところが。祭司様は、ジャンの罪を告発するどころか。「これを持って行くのお忘れのようだ」。と。銀のしょく台を渡してくれます。
祭司様「これを持って立ち直りなさい」。この時点で「うる」っと来そうです(笑)。

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ここまでが主人公ジャンバルジャンの生い立ちです。
しかしこの物語はひじょうに「壮大」な、長編物語で。このような冒頭部分からは、全く予想だにしないストーリーが展開してゆきます。

この物語の原作が古いので。「描写」部分より、「設定」「背景」などの「説明的」部分が強いのですが。
もともと「舞台ミュージカル」を再現している事もあり、テンポの遅さは感じさせません。

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とは言え、そもそも。歌や踊りを「まどろっこしい」と感じる人は・・・。
まぁ。そもそも観るに耐えないかもですね。残念ながら。

ミュージカル風でない、普通の構成の「映画ラ・ミゼラブル」も、ほぼ同年代に作られていますが。ヤッパリお勧めはコッチのミュージカル版ですね。

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← 「8年の月日が流れ、ジャンは工場を経営し、そこで働く女子工員たち」。

工員の一人、「フォンティーヌ」に、スケベな工場長が言い寄るも。フォンティーヌに「隠し子」がいることが発覚。「結婚前に子供を生んだ女」という事が問われて、工場を追われてしまいます。
子供のため、「髪の毛」を売り、「歯」を売り、とうとう「体」を売ります。

まさか、このシーンをこれ程写実的に描写するとは思いませんでした。
「体を売る私は死んでいる」このセリフ通り、「極限状態」を表現するため、極めて生々しい描写が施されています。

しかしこうした無理がたたり、フォンティーヌはジャンバルジャンに看取られ、ジャンに我が子を託し、死んでしまいます。

ところがフォンティーヌの娘、「コゼット」を養う里親夫婦は人でなし。
コゼットの養育費を「つり上げ」てフォンティーヌを苦しめ、コゼットを「奴隷」のように扱い、迎えに来たジャンバルジャンにも。「薬代」等、高額を請求します。


コゼットを連れて逃亡するジャン。

ジャンを待ちうけ、パリの城門で検問をはるジャベール。

やっと里親と折り合いを付け、ジャンははれて養父に。突如ジャンの元に「天使」が授かります。
しかし悲しいかな、ジャンは逃亡の身。

ジャンの工場の町に赴任してきた警視が、皮肉にもジャンの刑務所時代の看守で、ジャンの素性は暴かれ。ジャンは工場長(この町の市長兼任)の身分から、再び逃亡者へと逆戻りしてしまいます。

ジャンはコゼットを連れて、人込に紛れるべく「パリ」を目指します。が。パリの「城門」では、元ジャンの看守の警視「ジャベール」が検問を引きます。

これを「からくも」すり抜け、ジャンとコゼットはパリ入城を果たし。この物語の「第二幕」が終わります。

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[ あまりに膨大過ぎる「ヨーロッパ中世史」。すみません、飛ばします。

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さてさて話を戻します。
十世紀・十一世紀頃を過ぎると、いよいよ、ヨーロッパ中世史の「絶頂期」へ向けて、「まっしぐら」となります。

西欧諸国は十世紀頃まで。戦乱もさることながら、大変に経済が疲弊し。
同時期に栄華を誇ったイスラム諸国家、「カイロ」「マフディーヤ」「コルドバ」。更にはビザンツ帝都コンスタンティノープルに比べ。大変に貧窮し。

西欧諸国はどちらかと言えば、「都市国家」というより、「村々」といったレベルだったと言えるでしょう。

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ヴァイキングの一部「ノルマン人」は、フランス北部ノルマンディー地方に定住すると共に、「イングランド」を征服し。遠く「シチリア島」にまで進出しました。
この後イギリスは、映画「ブレイブ・ハート」よろしく。「イングリッシュ」「スコッチ」「アイリッシュ」、三つ巴の戦いを繰り広げ。なんと、ご存知「北アイルランド問題」は、いまだに燻っている訳ですね。

いぜんとして西欧諸国は激しい戦乱が続きますが、「現状維持」の意識のもと、徐々に凄惨な戦いは鳴りを潜め。また、対外的にも。イスラム勢力との緊張も解けていきます。
現状維持とは、「同じローマカトリックを信じる国同士」という意味で。それまで「皆殺し」も持さない激しい戦いから、徐々に・・・。

まぁ言葉は悪いのですが。王様同士の「戦争ゲーム」の色合いが濃くなって行くのです。

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イスラム勢力から奪還した地中海交易権を利用し、経済も急速に成長を遂げました。「ジェノヴァ」や「ヴェネツィア」の交易活動は有名ですね。

文化面も、いゆゆる「ルネサンス文化」を花開かせ。人々の生活も向上しました。また技術革新も進み、いよいよ「大航海時代」を迎えます。

「追い付く」とか「追い越す」と言った言葉は抽象的で、学術的には好ましくないかも知れませんが。
地中海交易権を、イスラム勢力より奪い返した頃から。もはや西欧諸国は、東欧(ビザンツ)やイスラム諸国家を、「追い越した」といって良いでしょうか。

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「西ヨーロッパ中世史」・・・。

「学ぶ」にあたり、大変面白い・興味深い時代であり。
またこの期以降の学術研究は大変に進んでおり。実際、この中世ヨーロッパ史が「大好物(笑)」という人も多いのではないでしょうか。

しかし作者は、それ程この「ヨーロッパ中世史」に興味が湧かず。あまり研究が進んでいません。他に知りたい世界史が「山ほど」あるからです。
「新大陸の歴史」、「アフリカとエジプトの歴史」、インドだって大変興味があります。インドなんか、「ヒンドゥー教」「仏教」との絡みから、「喉から手が出るほど」学びたいですね。

作者「今からインドの話しに変えようか、ガルーダ・クバンダ・ケンダツバとか・・・。」。
ドール「やめーい!・・・・・」「いや、いいんじゃない?。どうせ誰も読んでないし。」 作者「ねっ、私も今そう思ったのよ」。

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と。言う訳で。
ヨーロッパ中世史はぶっ飛ばし」ます。好きな方にはすみませんです。(正直、ヨーロッパ中世史は膨大過ぎて、キリ無いです(笑))

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第三幕は九年後、1832年。ここで歴史的背景に目を転じます。

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前記「マリーアントワネット」と「ルイ16世」は1793年、ギロチンによる処刑により、その「歴史に翻弄され続けた生涯」を終えました。

革命により「弱体化」したフランスを周辺諸国は攻め立てますが、一人の「英雄」の登場により立場が逆転。
一変して「怒涛のごとく」、フランス市民は周辺諸国を攻め始めます・・・。

ここからのヨーロッパの歴史は、たった数年の中で「ヨーロッパ全土の勢力配分が、めまぐるしく塗り変わる、凄まじいばかりの「激動の時代」を迎えます。

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英雄ナポレオン・ボナパルト。
後に「干渉戦争」と呼ばれる周辺諸国に対する侵攻作戦で、奇跡的勝利を連発し。1805年には何と、ほぼ「ヨーロッパ全域」を蹂躙し。

ヨーロッパ大陸が「ナポレオン帝国」、つまり「ヨーロッパ全域がフランス」になってしまいます。


ナポレオンは確かに「天才的戦術家」であると同時に、婚姻関係も巧みに使う戦略家でもありました。

しかしその「天才的戦術」を支えていたのが、「フランス共和国を守るのだ!」という、フランス市民の強い意志であったことは言うまでもありません。

← 第三幕のヒーロー「マリウス」も街頭で決起集会を開く。
物語の中のシーンとは年代が違いますが、ナポレオンの「勝利」を支えたのは、こうした市民の強い意志によるものでした。

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版図を拡大し続けたフランスの限界点は、まずスペイン独立戦争で現れ始め。モスクワ攻略失敗で決定的となります。五万の大軍で出征したフランス軍はなんと、たった五千人程しか生き残らない「大敗北」をきっしてしまったのです。

ナポレオンは皇帝位を剥奪され、元に戻ったヨーロッパ諸王国は。
今後のヨーロッパのため、ウイーン会議などによる「意思の疎通」が図られますが。合意どころか王様の「エゴ」の張り合いが表面化するばかりで遅々として進みません。
この「各国のエゴ」こそが。この後数十年を掛けた、「民主化」「同盟」「婚姻」「独立」などの胎動を経て、第一次大戦へと向かう、最も大きな要因となったのです。

特筆すべきは、この「エゴ」は。これまでの「王制」時代のエゴとは異なることです。王様一人のエゴだけではなく、民衆も交えたエゴ。
後に「ナショナリズム」と呼ばれるものの始まりだったのです。

↑ 市民の築いたバリケード。対する政府軍の防御壁は石組み。
残念ながら、この1832年のいわゆる「六月暴動」は失敗に終わり、多くの犠牲者を出しました。

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ナポレオン皇帝を失ったフランスは、同時にほとんど「主権」さえも失い。
周辺諸国への配慮の末、なんと「ルイ16世の弟」、プロヴァンス伯爵(ルイ18世)を王位にすえます。(フランス共和国は専制君主制の「復古王制」に戻ってしまったのです)
その後一度ナポレオンが主導者に返り咲き、三度ルイ18世が王位に戻り。これが1815年で、この物語。「ラ・ミゼラブル」スタートの年となるわけです。


歴史を説明するにあたり作者は、「指導者が旗を持ったまま撃たれるシーン」をメインにはすえません。
↑ これが「現実」だからです。また安易に「政府と反政府勢力どっちが悪い」などとは言えません。
ヒーロー映画の世界ではないのですから、こっちの方が本当の「現実」なのです。

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実は、当サイト「ホットスタッフ・ホスピタル」で取り上げている、「トリアージュ」という言葉は。フランス革命時に生まれた概念で。
まさにこの写真のように、山のように転がる「死体」と「負傷者」の。「治療優先順位」を決めるためのシステムでした。

戦争の「非情」を物語る実話ですね。

「フランス革命はマリーアントワネットを殺し、そんな非情なシステムを生み出したひどい戦い・・・」。
しかし、このフランス革命の被害規模を、桁違いにした戦争・暴動・弾圧が日々起こっています。ご承知の通り、昔の話では無く「現在でも」です。

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ストーリーに戻します。第三幕、九年後のコゼットとジャンバルジャン。
街頭で決起集会を開く「マリウス」と、運命的な出会いを果たします。

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ところがパリの街は「一触即発」状態。

愛を語り合うどころか、人々は「事を構える」準備を着々と進め、地下組織では武装に余念がない状態で。
いつ爆発しても不思議はない状態、もちろん会うことすらままなりません・・・。

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マリウスはそんな地下組織の「リーダー格」の一人であり、「究極の選択」を迫られます。
ロンドンへ逃れるコゼットと一緒に行くか、それとも留まって「戦う」か・・・。

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悩むうちにも時間は流れ、ジャン親子は旅支度、地下組織は戦闘準備。
そして、この時パリの治安維持部隊の隊長となっていた「ジャヴェール」も、レジスタンスとの戦いに備えて動き出していました。

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迎えた「革命決行の日」。
マリウスはコゼットとの甘い日々を断ち切り、仲間と一緒に戦うことを選びます。

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バリケードが築かれ、戦いの火蓋は切って落とされましたが。守備隊のジャベールは策を弄します。
戦力配置に配慮しながら、「攻めあぐねる」政府軍の原隊を離れ。自らがレジスタンスに成りすまし、単身、スパイとして「潜入捜査」と「内部かく乱」を図ったのです。

しかし作戦は失敗し、ジャベールはレジスタンスに捕まってしまいます。
ところが運命の皮肉。コゼットがマリウスを慕っていることを察したジャンが、マリウスを心配し、レジスタンスの陣中に合流し。

処刑間際のジャヴェールとジャンバルジャンは、ここで運命の再開を果たします・・・。

ジャヴェールの処刑人をかって出るジャン。
まさに「千載一遇」。ところがジャンは、ジャヴェールを処刑せず逃がしてしまい。

「恩を売ったつもりだろうが、私は法の番人だ。貴様を必ず捕まえる。」と言い残し立ち去ります。

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激化する抵抗運動。ところが他の拠点で決起が起こらず、革命は失敗。
戦っているのは、この拠点のみとなり。マリウスたちは「絶望的」な戦いに臨みます。

そして次々と仲間が倒れる中、とうとうマリウスも銃弾に倒れてしまいます。

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\ 中世史飛ばすと、いよいよ近代史へ。近代史検証の大前提を、もう一度カロリング朝から・・・。

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ヨーロッパ中世史をぶっ飛ばしますと、いよいよ近代史へと移ってゆきます。
ただここで、年代に掛からない全体のファクターを、二つだけポイントとして・・・。

まず前記「ジェノヴァ」「ヴェネツィア」の海上交易のように、西欧諸国は「驚くべき航海技術」を発達させます。
「驚異的」と言って良いでしょう。「人類史上の大偉業」の一つに間違いありません。

そしてご存知、「ジェノヴァ共和国出身、クリストファ・コロンブス」の、新大陸発見へと繋がる訳です。
(但しこの頃、他の人も新大陸に渡っている。と言うのが学術的パラダイムのようです。)

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それからもう一つ大きなポイントとして。

「ドイツ」と「フランス」の相違点です。ドイツが「東フランク王国」、フランスが「西フランク王国」です。
現代ヨーロッパでは、ロシアやポーランドが東欧で、ドイツは「中欧」という定義になっていますが。中世史では、東欧は「ビザンツ帝国」、西欧が「フランク王国」となります。
フランク王国の支配地域は即ち、主に「フランス」「ドイツ」「イタリア」の三大勢力です。

一つ目のポイント。大航海時代の事象は「アメリカの歴史」となるので。
ここではフランク分裂から、ブルボン朝までのポイントに絞ります。ポイントは「中央集権」です。

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公爵」「伯爵」等の統治する、大小さまざまな、いわゆる「公領」「伯領」等によって「分割統治」される状態が、長らく続き。
ほぼ近代に至るまで、「極めて強い封建制度」を維持したドイツ(プロイセン)とは対照的に。

フランスの場合、国王権力が、フランス全域にまで及ぶ。
いわゆる「中央集権体制」の流れが強くなり、「ルイ王朝」によるフランス全土の「トップダウン」が確立します。(ルイ王朝=ブルボン朝)

つまり、フランスはドイツより「近代的支配構造」が明確化して行きました。

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簡単のために、もう一度カロリング朝期から時系列をさらいます。

フランク王国分裂後、西フランク(フランス)は。
「シャンパーニュ伯爵」「ブルゴーニュ公爵」「ノルマンディー公爵」等が分割統治する、封建制領邦国家となります。
しかしイギリスとの百年戦争などの影響から、十二世紀頃(ブルボン朝の前、ヴァロワ朝頃)から急速に中央集権体制を確立して行ったのです。

一方ドイツは分裂後すぐに。
マジャール人(今のハンガリー人・ルーマニア人など)との戦いにより結束力が高まり。早い時期から、「オットー一世」を皇帝として頂く、中央集権体制を確立します。

ところで。これがいわゆる「神聖ローマ帝国」の始まりとなりますが。
実はこの神聖ローマ帝国という名前は、オットーが皇帝位を得たことに対して。後の歴史家が、「皇帝がいるならドイツは「帝国」だろ?」って事で。後から(13世紀頃)付けた名前です。

その後ドイツは、いわゆる「聖職叙任権闘争」により。極めて激しい戦乱が起こり。再び小さな領邦国家が乱立する、「領邦国家」の集合体に立ち返ってしまう訳です。

つまり。
出だしはフランスの方がバラバラだったのに、百年戦争を経て結束力が高まり。「一つの国フランス」へと歩んだのに対し。
ドイツは早くから神聖ローマ帝国を築いたにもかかわらず、叙任権闘争、そして最後のそして「最大の悲惨な戦い」。

三十年戦争を経て、ドイツはバラバラの領邦国家に戻ってしまったのです・・・。

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戦いが終わり、レジスタンスの死体を検分するジャベール。
居並ぶ「名も無い英雄たち」。その中には子供さえいます・・・。

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あまりの光景に、足を留め、自らの名誉勲章を。そこに横たわる「幼い英雄」に付けるジャベール。
ここに転がるのは「死体」ではなく、「眠りに付く英雄達」であることに気がつきます。

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法の番人を自負し、文字通り「法に命をかけ」「法に人生を捧げた」ジャベール。
鉄の意志を持つジャベールの心が。「ジャンに命を助けられ」「幼い英雄」の姿を目の当たりにし。
ここへきていよいよ揺らぎ始めます・・・。

僭越ながら。ここで作者から「欧米人の持つ宗教意識」を説明させて頂きます。
特に「法」と「宗教」を中心とします。もちろん「語り尽くす事」など出来ませんが、「源流」を紹介する事により、少しでもご理解頂ければと思います。

少々難しく、また神経質な部分も含む問題なので。「分かりやすさ」を優先せず、文字ばかりです。
興味の無い方は読み飛ばして下さい。

但し。これを理解頂かないと、「本当の意味のジャベール」が見えてきません。
二言目には法を振りかざす、血も涙も無い、単なる「悪役」になってしまうからです。

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日本人にとっては、「法」と「宗教」が関連しているという価値観は理解し得ない事柄ですね。
もっと言えば、日本人にとっての「法」とは、即ち「法律」もしくは「憲法」の事であり。「専門家(特に法曹三者)が使うもの」という意識が強く。
逆に「素人は分からなくて良い」、「素人が下手に口出しするものではない」と言った意識が支配的です。

一方欧米人、特にラテン・カトリック系信者の意識は。日本人とは全く異なります。

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ラテンカトリックより先に、「正教文化」の方を紹介しますと。
「ロシア」「ギリシャ」等の、いわゆる「正教会」の方が、ラテンカトリックより。何と申しましょうか、表現が難しいのですが、「人間寄り」です。
理由は前記した、ビザンツ帝国の推し進めた「ギリシャ正教」が。「人の生活を司るための「法」」。

即ち「ローマ法大全」を作り上げたからです。

もっと言えば、このローマ法大全を編纂したのが。「人間である「ローマ皇帝」である」事が最大の理由です。
(このような紹介の仕方は聞いたことが無いので、「持論」の域を脱しませんが。実際、編纂に最も寄与したのは「ユスティニアヌス大帝」です。)

ローマ法大全とは、極めて「論理的」「実質的」内容であり。
実際なんと、現代の民主主義国家が運用する「法律」も、多くの国がこれを執り入れているほどです。
つまり「人間の生活」の中で、実質的に運用されるべく編纂されたもので。ある意味そこには「政教分離」の概念があるのです。

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じゃあ一方の、西欧諸国。つまりラテンカトリック文化圏諸国(もちろんフランス含む)は。ビザンツより「古典的」か?というと、もちろんそうとは言えません。
ビザンツのローマ法を取り入れ、成長と共に、「法の近代化」を推し進めて来たからです。

特に17世紀に入って、「憲法」の概念が(イギリス)生まれると。
もはや、システム全体としては。「法に縛られない、帝国の全所有者たる、ビザンツ皇帝の作ったローマ法」より。「ずっと近代的」。つまり、ある意味「追い越した」とも言えるでしょう。
(もちろん、この時点で既にビザンツ帝国は滅亡していたので。生みの親をしのいだというべきでしょうか。)

つまり、徐々に西欧諸国の方が、より「近代的」になっていったのです。

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ちなみに日本人は、この「憲法」の概念も。ほとんどの人が理解していません。
「法律」と「憲法」の区別が付いていないのです・・・。

(少々言葉が走りすぎかも知れませんが。例えば本来「指導者の暴走」を抑制すべき憲法に、国民を戒める条文があり。しかもその部分がクローズアップされ、あたかも「罰則規定」のように解釈されているため、このように表現しました。)

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東の「ローマ法大全」、西の「近代憲法」。とは言え元々は、同じ「ローマ帝国」ですよね。では元々の共通概念はどこにあるのか?。
「源流」をたどると、もっともっと前の時代。なんと「キリスト教」より前。即ち、「旧約聖書」の、いわゆる「モーセの十戒」がこれにあたります。

つまり、欧米人の価値観上の「法」とは、即ち「神の教え」そのものなのです。

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リンゴを食べて「知恵」「知識」を持ってしまった人間。
故に動物と異なり、その「知」を使って「悪い行い」。例えば「人殺し」さえできるようになってしまった「人間」を。

良い行いをするため、「神との契約」を結ぶために、神が使わしたもの。
つまり、「法とは神」なのです。

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] 中世史飛ばすと、いよいよ近代史へ。近代史検証の大前提を、もう一度カロリング朝から・・・。2。

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三十年戦争の後、ヨーロッパは概ね平和になります。

それまでの「皆殺し」も辞さない激しい争いがなりを潜め、せいぜい「騎士同士(軍人同士)」のメンツの張り合いになっていったのです。

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時は大航海時代。新大陸が発見され。
「イングランド人」の移民、「スコットランド人(スコッチ・アイリッシュ)」の移民、「ユダヤ人・イタリア人」などの、いわゆる「新移民」を経て。

1776年。いよいよアメリカ合衆国が独立します。
作者「もう一年待てばトリプルセブンだったのに。セッカチだねアメリカ人は。」 ドール「コラコラ、脱線しないの」。

アメリカが独立し、フランスがブルボン家(ルイ王朝)を経ると。
いよいよこのページの焦点の時代。フランス革命から二十世紀、現代史への転換点を迎えます。

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○ 大英帝国は、島国であったこともあり、航海技術を急速に発達させ。前記の新大陸への進出は勿論。全世界へ向けて、植民地を広げて行きます。

○ フランスは、強力なルイ王朝治世の元。仲の悪い、大英帝国・神聖ローマ帝国等をけん制しながら。大英帝国ほど急速(露骨)ではないにしろ。植民地政策を拡大して行きます。

○ もちろんイタリア王国を中心とする地中海諸諸国も、元々持っていた高い航海技術を駆使して。世界各地へ、特にスペイン・ポルトガル等はラテン・アメリカを目指しました。

○ 更にオランダが早くから日本に渡来していたことはご存知の通り。東南アジア地域にも植民地を確保して行きます。

で。ドイツは・・・?
実はドイツは。他の西欧諸国がこぞって世界へ進出する中。いまだ封建体制を続けており。確かにフランスやロシアなどの周辺国とは、仲が良いとは言えないものの。全体的には「太平の世」を持続しておりました。

これは一概には言えない事象ですが。
オーストリア=ハンガリー帝国の「支配者層」はドイツ人であり。つまりドイツは。世界に植民地を求めるのではなく、近くの東欧諸国地域を支配下に置くという方法を選んだのです。
(重ねて言いますと、東欧の民族問題。特にバルカン半島の問題は根深く。文字通り「一概」には言えません。)

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大航海時代を向かえ。
大英帝国、フランス王国。もちろんラテン系のスペイン、ポルトガル、イタリアなど。西欧諸国が世界に進出する中。
つまりドイツは、他の列強に比べ、統一が遅れた分。世界に対する植民地拡大策に、遅れを取ったのです。

統一を成し遂げなかった事もあり。ドイツの歴史は非常に複雑です。
「神聖ローマ帝国」はもちろん。スラヴ諸民族(チェック・スラヴ=チェコスロバキア。ユーゴ・スラヴ=ユーゴスラビア。スラヴニア=スロベニア。など)との関係。

それに「オーストリア=ハンガリー帝国」との関係。
そして末期には、「プロイセン王国」も樹立し。最後は「ドイツ帝国」を成立させるも、第一次大戦で敗退し、二代で終焉を迎えるわけです。

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こうして向かえる、この物語、「ラ・ミゼラブル」のクライマックス。
ジャンバルジャンは、撃たれたマリウスを担いで。「下水道」の中を逃亡します。

下水道の中を逃亡するシーンは、様々な物語で見られますが。恐らくは、このラ・ミゼラブルが最初、もしくは後の作品の手本となったのではないでしょうか。

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「出血」「窒息」、または「破傷風」の恐怖の中。一筋の光、わずかな希望を求めて歩くジャン。
ところが出口の光の先には、行く手を阻むジャベールが・・・。

「この若者を助けた後、必ず出頭する」と説明するも、聞き入れないジャベールを、とうとう無視して歩み始めるジャン。
ジャベールの脇を通り抜けるジャン。ジャベールはとうとう撃てませんでした。

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ジャベールは自分に問いかけます。

「自分の行ってきたことは何だったのか?」。

幼い英雄。自分を憎んでいないジャンの心。

そして、「法の裁きに反し、ジャンを撃てなかった自分」。

崩壊したジャベールの心は拠り所を失い、セーヌ川にその身を投じます。

神はジャンバルジャンをお許しになりました、ところが人間の作り上げたローマ法の「量刑」は、ジャンを決して許さない。
この板ばさみよって自分を失ったジャベール・・・。

実は、彼もまた。人を支配する「法」を操る、専制君主によって死に追いやられた。「被害者」の一人だったのです。

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]T 植民地争奪戦に乗り遅れたドイツ・プロイセン。

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最終章のフランス王国末期を取り上げる前に、前章のドイツがなぜ植民地政策に遅れを取ったか?を軽くふれます。
とは言えこれは「原因」などと呼べる事象ではありません。学術的因果関係を立証できるレベルではなく、単なる推測・三段論法の類です。
ドール「この文書全部そうじゃない」 作者「まーねー」。

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つまり。
例えば、ルイ王朝のもと統一国家を築いたフランスは。

そりゃ「摂政・宰相の意向も重要だよ」ってのもありますが、「国王が、植民地を確保せよ」と言えば。「フランス王国の国策」として、これが実行に移る訳です。

ところがドイツは、公爵・伯爵の領有する、「小さな領邦」の寄せ集めであり。
十三世紀に「オットー」が神聖ローマ帝国皇帝位に就いて以来。「ドイツ王」が皇帝位を担い続けますが。残念ながら、この神聖ローマ帝国皇帝というのは「名誉職」であり。実質的には「何の意味も持たない」ものでした。

つまりつまり。
ドイツ皇帝が、「植民地支配を始めろ」と言っても・・・。

例えば「イーゼンブルク伯爵」は、「バイエルン・ランツフート公爵」は・・・。
「冗談ではない!遠いカメルーン(ドイツ植民地)なんぞ行けるものか!」。と。なってしまう訳ですね。

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波乱の第三幕が閉じ、最終章第四幕。

年老いたジャンバルジャンは、今まさに「最後の時」を迎えようとしています。

なぜ独りなのでしょう?
ジャンは、自分がそばにいてはコゼットとマリウスが幸せになれないと考え。マリウスにだけは、自らの素性を打ち明け、コゼットを託し、ここへ一人きりでやって来たのです。

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仲間を全て失い、生き残ったのが自分一人という事実に、打ちひしがれるマリウス。

しかし、ジャンに素性を打ち明けられ。絶対にコゼットを幸せにしなければ。
そうした、「これから」の責任の重大さが心の支えとなり。マリウスはコゼットと共に歩むことを決意します。

ところが結婚式の当日、式場に忍び込んできたコゼットの里親夫婦から。

「マリウスの命を助けたのがジャンであること」が洩れ伝えられ。

マリウスとコゼットは、ジャンのもとに駆けつけます。

ジャンは今まさに旅立つ時、二人は間に合いました。


コゼットとマリウスにみとられ。祭司様に招かれ。ジャンバルジャンはめされます。


パリの街は再び立ち上がろうとしています。

死んでいった英雄たちの意志は受け継がれ、六月暴動を遥かに上回る規模の大革命。

その光景をジャンの魂が見守ります。

死んでいったマリウスの仲間も、ジャベールに勲章をもらった「おチビさん」も応援しています。

そこにはフォンティーヌの姿も、ジャンと共にありました。

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]U 強いドイツ人、軟弱なフランス人。本当にそうなの・・・?。

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さてフランス王国の最後です。
西欧列強諸国は、猛烈な勢いで植民地を広げ、地球の4/5を蹂躙するに至りました。そして世界の植民地から「搾取」し続け、吸い上げた莫大な「富」を蓄積してゆきます。

ではなぜ。「大英帝国」ではなく、「イタリア王国」ではなく。「フランスで革命に火がついた」のか?。

ルイ王朝があまりに贅沢。つまり植民地からの搾取に加え、国民に対する重税が過ぎたのか?。
それとも、もともとフランス人は独立心が強かったのか?。

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このような抽象的論議に結論など出ませんし、自身も興味ありません。
でも、革命は起こりました。

アメリカの独立の方が早い、とは言え。
フランス国民が、アメリカの自由主義に触発された感じは。少なくとも作者は感じません。

アベシェイエス等の革命指導者が影響を受けた可能性はありますが。実際に立ち上がった市民は、それら革命指導者からアメリカの様子を聞かされて立ち上がった訳ではないのです。
この場合むしろアメリカなどどこ吹く風。「ラ・ミゼラブル」のジャン・ヴァルジャンのように、「明日のパン」のために立ち上がったと考えるほうが自然でしょう。

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革命勃発後の歴史は、平行して紹介している「映画に見るフランスの歴史」となりますので、そちらの方をご覧ください。

マリーアントワネットの時代。

ラ・ミゼラブルの時代。

ムーランルージュの時代。を経て。

とうとう西欧列強諸国は、第一次大戦に突入します。

当時はGNP計算など無かったので定かではありませんが、パリとロンドンの繁栄振りはすさまじく。前記通り、植民地拡大策に遅れを取ったドイツよりはるかに国力が高かったように見えます。
さらにドイツは東のロシアと西のフランスに、言わば挟み撃ち状態で。さらにはフランスの後ろに大英帝国、その後ろにアメリカを控えるこの戦争。

ドイツに勝ち目は無いようにみえますが。
開戦以来、全体的にはドイツが押し続け、開戦二年後には、、英仏連合軍は全軍崩壊の危機にひんし。パリにあとわずかの距離まで肉薄されてしまいました。

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第一次大戦前夜。もはや列強各国は、戦争は秒読み状態でした。なのになぜもっとフランスは軍事力強化しなかったのか?
もっと「戦力増強」および、「戦時体制準備」をしておけば、このような事態にはならなかったのでは?

やっぱり「民主主義などに現(うつつ)を抜かし、国民全体が怠慢・腰抜けになってしまったのか?」。

これに対しては、大変に意見は分かれます。
戦争経験世代のお年寄りの場合、意識の全ては「太平洋戦争」なので。言うまでも無く、意識のほとんどは「アメリカ」「中国」「ドイツ」ですね。
それ以降の世代の人にとっても、歴史の勉強をしている人はともかく。

やっぱりフランスに対しては、「あぁ、ドイツに占領されたんだよね」。程度だと思います。

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他人の意識下など推し量ることはできませんが。
やはりそこには、「強いドイツ」「弱いフランス」の意識が、多少なりとも内在するものと思われます。

ではナポレオン戦争時代、ヨーロッパ全土を蹂躙する勢いを誇った、あの「強いフランス」はどこへ行ってしまったのか?
ムーランルージュのような映画をみれば、やはり酒と女に溺れる軟弱・腰抜けの。
ボヘミア革命などと言う、「取るに足らぬ事」に現を抜かす、怠惰な「共和主義啓蒙者」の意識を持ってしまうのは、むしろ自然と言えるでしょう。

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でも本当にそうでしょうか?

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バズ・ラーマン監督のミュージカル映画「ムーランルージュ」。

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自分的には好きな映画で、音楽が多く車の中でBGM代わりによく掛けていますが。

一般的には。「ミュージカル映画である」こと、またキャバレー(ムーランルージュ)の「ケバケバしい踊り子」。
更には、ほとんどストーリー性を排した、「極めてシンプル」な構成は・・・。

非常に好みの分かれるもので。視聴者層の狭い、もしくは視聴者を絞った映画で。
ロミオ+ジュリエット同様、「観る人により好き嫌いの分かれる」映画でしょう。

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それから残念な事に、このページ的。
つまり歴史紹介上の「特筆」部分がほとんど無いので、残念ながらあまり大きく取り上げません。

まぁ歴史紹介上から考えれば、ここは間違いなく映画「キャバレー」を紹介すべきところですが。
若干年代が下る事と、映画の制作年代が古いため、他の二作品とのバランス上。このムーランルージュを選びました。

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超美男子、ユアン・マクレガー演ずる「クリスチャン」と。
これまた絶世の美女、ニコール・キッドマンの「サティーン」が。結ばれ、逆境を乗り越え、愛し合い。

愛の結晶とも言うべき「ムーランルージュ舞台公演」を作り上げ。
そして永久の別れを迎える、切ない映画です。

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悪い言い方「これだけ」、よく言えば、「極めてシンプル・絞った映画」です。

ストーリー上の「シンプルさ」は。映画冒頭で「ヒロインの死」を予見させる程です。
つまり、冒頭でいきなり視聴者は。最後はヒロインが死に、いずれ別れが訪れるこを知らされてしまうのです。

作家として恋愛物語を「意気揚々と」綴り始めるクリスチャン サティーンとの思い出の日々を物語として綴り始めるクリスチャン
このようにこのドラマは、プロローグとエピローグが同じシーン構成の、典型的な「閉じた」ストーリー構成です。

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この映画、「ムーランルージュ」を通してご紹介したいのは。二点です。

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まず前記写真、つまり「キャバレー・ムーランルージュ」内の光景をご覧になれば理解できると思われますが。

「大変に堕落している」様子が伺えます。
貧困層はもちろんいますが、民主政治によりうまれた中産階級が大きくその割合を占めるようになり。

「富」が行きわたり、そして堕落してしまいました。
その象徴的存在が、(ムーランルージュのある)モンマルトルに「たむろ」するボヘミア主義者だったのです・・・。

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フランス革命の「範囲」については色々な言われ方がありますが。最も大きな意味でも。前記「ルイ18世」、それに続く「シャルル10世」「ルイ・フィリップ」治世までで。
このルイ・フィリップ王が倒された、「七月革命」が最も広義のフランス革命の終焉となるでしょうか。

← 動乱の革命から約半世紀。

この七月革命が1848年ですから。つまり半世紀の間にフランス市民は、革命期の強い意志を忘れ。
この映画の時代である19世紀末には、パリは。革命は革命でも、「ボヘミア革命」の真っ只中にありました。

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また革命?

残念ながらこの「ボヘミア革命」なるものは、フランス革命等とは全く異なる。
良く言えば「文化革命(もちろん文化大革命とも全くの別物)」、悪く言えばヒッピーのような人たちの単なる「合言葉」のようなものでした・・・。

この映画の主人公は、「作家」を夢見てこのモンマルトルを訪れたということで。
確かにこの時代「テレビ」も「ラジオ」も無く。大衆の「人気者」と言えば、スポーツ選手でもなく、役者でもなく、それはたしかに「作家」ではありました、が。

その点を差し引いても、やはりこの映画はパリ市民の怠惰を表現していることは間違いありません。

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もう一つは。
これも「参考まで」の範疇ですが。パリの街の繁栄ぶりです。

夏目漱石が「「地下鉄」やら「エレベーター」やら「動く歩道」やら・・・。電気仕掛けにて、「なにがなにやら」訳が分からぬそーろー(笑)」。
と、称した。印象画から抜け出したような、「パリス」の街並みが。コンピーター・グラフィクスにより、見事に再現されています。

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「ちなみに」。
1830年代頃、つまりパリの六月暴動の頃の、「ロンドン」の様子を振り返ってみましょう。映画「オリバー!」からです。

この映画も作者の大のお気に入りです。
産業革命を成し遂げていたイギリスではありますが、その生産分野は限定的で。市民全体が、その恩恵を被る状態にはまだまだ無かったと言えるでしょう。

ただし移動手段はかなり違っています。ガソリンエンジンが無かったので、いまだその主なものは「馬車」に変わりませんが。イギリスと言えば「鉄道」。
普通の道床はもちろん。この写真のように、なんと市街地では「高架線」さえ存在しました。

地上10mを失踪する蒸気機関車。さぞかし、当時の人たちは度肝を抜いたことでしょうね。

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]V 総論。周りを帝国に囲まれるフランス共和国、高みの見物のアメリカ。やっぱりフランスは頑張った

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帝国主義を振りかざすドイツ。

共和主義に現を抜かすフランス。

人の価値観は、文字通り十人十色なのでなんとも言えませんが。作者はこう考えます。

安易に一人の独裁者に「任せて」しまったドイツ。

「自分の事はあくまで自分で決める意志」を貫いたフランス。

と。
どっちが強くて、どっちが弱いのか。
答えなど出ません。

しかしドイツは、もう一度同じ過ちを犯します。

たった30年後に。しかも第一次大戦の規模を、はるかに大きくした第二次世界大戦・・・。
この戦争で人類は「地獄」を見ました。

こうやって振り返ると。

強いドイツ、弱いフランス。よりむしろ・・・。

強い指導者について行ってしまう、弱いドイツ国民と。

意思を貫き通す、強いフラン人。

そんな気が、してきませんか?

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政治体制について作者は、この後の世界史もかじってもましたが。
もっと強烈な事象が、この後に展開されました。「共産主義」です。

共産主義は・・・。

ソ連という国が、「人類史上最悪」とも言える「犠牲者」を出してしまったため。その「汚名」ばかりが先行しがちですが。
本当は。ロシア市民が「やっとの思いで成し遂げた大革命」。

人類史最高・究極の政治体制だったのです。

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共産主義を取り上げると、それだけでもう一ページ書けてしまうので止めますが。

市民の力で、何かを成し遂げた事。
これを暗に批判することは出来ないのだ。と言う事だけでも、ご理解頂ければと思います。

補足としては、別に作者は無政府主義・アナキストを啓蒙している訳ではありません。
しかしせめて、政府が行っている事。政府がやろうとしている事。

例えば「累積債務」をどうしようとしているのか、とか。本当に「隣国と戦争」を覚悟しているのか、とかです。

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日本の政治は、「ほとんど、違憲立法審査」が機能していない。
つまりいつ暴走しても不思議は無い制度なのでよけいですから・・・。

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↑ 正教文化を残すロシアの街並み。

さて。大変長らく綴って参りました、「映画に見るフランスの歴史」。もうすぐ終わりです。

最後のオマケに、現代ヨーロッパを見てみましょう。映画「オーケストラ!」よりです。

現在のパリの写真はいくらでもありますし。この映画は「ロシア共和国」が登場するので、引き合いに出してみました。

アメリカ映画(ハリウッド)では、とくにこういう形でロシア(人)が登場する事はほとんど無いですよね。
スパイとか戦争とかがほとんどで、いっても「ストーリーに変化を与えるための登場人物(ロシア人)」程度と言ってよいでしょうか。

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テクで空港を目指す団員一行。

ロシア・ボリショイ交響楽団元指揮者、アンドレイ・フィリポフは。
フランスからボリショイに入った演奏依頼を横取りし。

現役時代KGBの弾圧により、アンドレイと共にバラバラになった、元団員を集め。
「自分たちがボリショイ」と偽り(なりすまし)、パリを目指します。

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追放された元団員は、みな貧窮し。
パスポートはもちろん、楽器さえ売ってしまった人さえおり、アンドレイは八方手を尽くし問題を解決して行きます。

そんなスッタモンダを乗り越え、やっと迎えた出発の朝。前金で払ってしまったため、待てど暮らせどバスは来ません・・・。

まぁここまで来るとほとんど「詐欺」ですが。まぁ、乗り物が遅れるのは当たり前。こんなもんですかね(笑)。

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ちなみにモスクワの街並みは・・・。

モスクワの街並みは、実を言うと。「強力な計画経済(共産主義)」によって。

悪い言い方「多大な犠牲の上に」計画的に作られた街並みで。極めて計画的、大変に機能的に設計されています。
典型的な「円周型」道路で、もちろん「住所」は道路名。

大変整然とした円周型街区のため、モスクワ散歩は、しばしば「ダーツ投げ」に例えられる程です。
ロシアでも一つちなみに。貧乏旅行の極み、もっとも安上がりにヨーロッパへ?。それは「シベリア鉄道」かも?です。

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← やっとパリに着いた団員一行。ところが練習・リハーサルそっち退けで。アッという間に、パリの夜景に消えていきます。

パリに着いたものの、ロシア人団員にとって。「裕福なパリ」滞在は、「千載一遇」の機会。

みな押並べて貧乏な団員たちは、各々の「欲望」を胸に。
ある者は「パリ観光」、ある者は「商売」、ある者は「パリの共産党本部」へと散ってゆきます・・・。

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ソリストは、ヴァイオリニスト「アンヌ=マリー・ジャケ」を演ずる、美しいメラニー・ロラン。
本当に美しい女優さんですね。

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映画的には。
貧乏な団員を集め始めた、最初のドタバタの時点で、ある意味・・・。

弱小チームが、困難を乗り越え「最後にパリ公演を成功させるだろう」という。
いわば「頑張れベアーズ的」展開が掴めてしまうと言えるでしょうか。

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ちなみに、前に聞いた話。
フランス人の名前は、たいへんに「簡単(ありふれた)な名前」が多いそうで。例えば「ジャン」と呼ぶと、数人が振り返る事もしばしばだそうです(笑)。
そのためなのか。「ジャン=ロベール」とか「アンヌ=マリー」とか、二人分の名前をつなげたような名前の人も多いそうです。

それからも一つ。
例えば「オーギュスト・ルノワール」はオーギュストがファーストネームですが。前記ルイ16世の「ルイ・オーギュスト」は「ルイ」が苗字です。

「ナポレオン(・ボナパルト)」もそうですが。
フランスでは、極めて正式な場では。日本同様、「苗字」「名前」の順に表記するそうです。

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迎えた初日。
なんと、一度もゲネプロ・リハを行わないままに幕が上がります。

それどころか団員が全員揃っておらず、指揮者アンドレイがスティックを振り上げてからやっと遅参する団員に。客席からは失笑が・・・。

当然、音はバラバラ。
ところがソリスト(アンヌ=マリー)の素晴らしい演奏が始まると、団員たちの心は、まるで引っ張られるかのように変化してゆきます。
そして「プアー(ボロボロ)」で幕を開けた、「ボリショイ交響楽団」改め「フィリポフ交響楽団」は一致団結し。なんと世界一周コンサート・ツアーを成功させてしまいます。

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この映画では。
現在の。「西欧共産党の現状」、「パリとモスクワの格差」、「ロシアの天然ガス供給」、などが描かれ。これらの複線は、まぁ悪い言い方、「取って付けた」感が否めませんが。
役者の演技、厳粛なクラシックとコミカルとのギャップ、美しいヒロイン。そしてチャイコフスキーのしらべ、モスクワの街並み・・・。
ストーリーはもちろん、これら絵的芸術性だけでも必見の映画です。

それから、ロシアに対するヨーロッパ人の感情と、アメリカ人の感情との。「温度差」もうかがえる、自分的に貴重な一作でした。

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