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ご存知の方も多いかと思われますが。
先日スカイニュース見てて(もちろん内容は分かんないので見てただけ)、「トルコが干渉地域(インターフェアがどうの)拡大」の報を見て驚きました。
予想だにしなかったこの展開は、当サイト作者も本当に寝耳に水って感じです。

一度は「EU」加盟に、イスラム教国一番乗りとまで言われ。
日本とも馴染みが深い、トルコ共和国が、イスラミックステート領域を攻撃し始めました・・・・。

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古代ギリシャより、綿々と続く強い影響力を与えて来て。いわば西洋文化の源泉。
つまりEU趣旨の中心地的存在でありながら、経済破綻という、不甲斐ない理由の中で辛くも統合を果たしたヘレニック・リパブリック(ギリシャ)。

対して、コンディショナリティ(EU加盟条件)をクリアしながら、なぜか加盟できなかったがトルコです。

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このニュースを聞いて、作者は歴史の皮肉を感じ。
また「あのトルコが?」、という驚きから。少し綴ってみようと思います。

皮肉とはつまり、「アラビアのロレンス先導の基のアラブ人が、トルコより奪取したダマスクスを。逆にトルコがこの地を奪還しようとしている。」
という事です。

とは言え。

今現在の状況。
つまり、「アメリカがシリア・クルド地区から撤退した」とか、「トルコにアメリカが武器供与をした」とか。

こういう情報は、ネットやニュースでいくらでも入手できるので。

「現在では語られる事の無い部分」。つまり因果関係が直接的でない、つまり「どうでも良い事」を。

「歴史的背景」を中心に語ってみましょう。

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またいつもの如く、「知っている範囲」でサラッと行くので。信憑性の程は保障しかねますが・・・。

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このページはとりあえず書いた状態なので、校正も体裁も整っておらず。
写真も無い、速報の状態です。

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− 目次 −

T 中東情勢、直近の大事件は何と言っても「イラク戦争」。

U そもそもイラクって国は?

V 次は二十世紀初頭だけど、気まぐれで一気にムハンマド時代へ。

W アラブ帝国からイスラム帝国へ。

X シーア派、カリフ、そして最後のキーワード「スンニ派」登場。

Y アラビアのロレンスは変わり者?

Z 編集後記。

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T 中東情勢、直近の大事件は何と言っても「イラク戦争」。

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今回も「歴史の逆走」方式、つまり逆の時制で解説して行きます。

当事者である「イスラミックステート」を除いた「直近」の歴史的事件と言えば、やはり「イラク戦争」(と、その前の湾岸戦争)でしょう。

そしてさらに、この大事に続く変遷はイラン・イラク戦争に、直接的には端を発すると言えます。

ザッと行くと。
大戦後、突如出現したイスラエルなる新国家に反発を強めたアラブ諸国は、こぞってこの国家と戦争を起こします。
エジプト、シリア、ヨルダン、イラク。等です。

これに対してアメリカは、イスラエルを守ろうと奔走し、イラクと敵対するイランに武器を供与します。
本サイト「ホットスタッフ空軍」のアランは、言うまでも無くイランをモチーフにしていますが。

当時「最強・最新鋭」だった、F14トムキャット戦闘機を供与した事実は有名ですね。

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ところが穏健派だった国王が失脚し、極端な社会主義(極左政権)がイランで成立すると。
今度はアメリカは、イランに変わってイラク加担にドライブしていきます。

ちなみに同時代的事件として、アフガニスタンに対してソ連が侵攻を始め。
これに対してアメリカは、軍隊は送らないまでも。世界から集まったイスラム義勇兵に、武器供与で対応し。
この時集まった義勇兵が、後の「アルカーエダ」と呼ばれる組織に変貌を遂げます。

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そして起こった湾岸戦争。
アメリカと「蜜月関係」にあったサダムフセインは、「アメリカは攻めて来ない」事を前提に事を起こした(クエート侵攻)と言われていますが。

結果。イラクは世界を敵に回すに至り、たちまちの内に敗北します。

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U そもそもイラクって国は?

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ここでイラクの内情をサラッと。
イラク国民を民族の観点から見ると、「シーア派アラブ人(多数派)」、「スンナ派アラブ人(少数派)」、「クルド人(極少数民族)」となります。

逆に政治勢力からすると、少数派のスンナ派アラブ人が常に主導権を握っており。
シーア派アラブ人とクルド人は、「長年にわたってスンナ派アラブ人に抑圧され続けてきた」。と感じていました。

そして「フセイン政権が敗北した」、という事からシーア派アラブ人は「解放された」と感じ。
蜂起してシーア派儀式・儀礼を復活させたのですが・・・。

どういう訳だか「フセイン」は戦犯を問われるどころか。「政権維持」をも許される沙汰が下り。
結果、シーア派アラブ人は、より一層強い粛清を、スンナ派アラブ人より受ける事となってしまいました。

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一方、アメリカの支援の下。アフガニスタンでソ連と戦った義勇兵達は、アルカーエダと化し。同時多発テロを起こし。
どういう訳か、この余波でイラク共和国は、アメリカに侵略され。フセイン政権は崩壊しました。

問題はその後で。

政権が崩壊したイラクではすぐさま「国民投票」が、三度に渡って行われましたが。
アメリカが望む「民主主義国家」は成立せず。

治安維持もままならず、イラク国内で内乱が多発。「内戦状態」とも称される状態に陥り。
結局、火をつけておきながら消すこと無く、「投げ出す」ように、アメリカはイラクから撤退します。

こうして。

現代世界においては「前代未聞」。半ば「無政府状態」の、広大な「空白地」が出現したのです。
(この半ば空白地に成立したのがIS、イスラミックステートです)

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V 次は二十世紀初頭だけど、気まぐれで一気にムハンマド時代へ。

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前章では、大戦後の「現代世界」を紹介しましたので。お次は大戦前。
大英帝国がアラブに介入を強めた、いわゆる「アラビアのロレンス」の時代。と行きたいのですが。

作者の気まぐれで、一気にアラブ世界の成立からさかのぼってみようと思います。当サイト「必読、世界の宗教構造」でも語っていますが。
このページよりもっと、「ザックリ」行きます。

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イスラム教の開祖は「預言者」と呼ばれる、「ムハンマド(日本ではマホメッドとも)」で。
当サイト作者は、歴史は好きですが年号は覚えてないので何ですが、7世紀頃です。

ムハンマド死後、イスラム教徒たちは「選挙」で指導者を選び。
この指導者は。「ハリーファラッスールアッラー」。神の使途の代理人。と称され。現在ではこのハリーファがなまって「カリフ」。
そして、この選挙でカリフが選ばれていた時代を、「正統カリフ時代」と言います。

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(正統)カリフ制度は四代目カリフの「アリイ」まで続きますが、ウマイヤ家が選挙を無視してカリフを擁立した事により、この共和制は瓦解してしまいました。

ちなみにこの四代に渡る(正統)カリフ制度は、その内の三人か、四人全員が「暗殺」によって殺害されており。
共和制の名とは裏腹に、「血塗られた」歴史を残す結果となりました。

ちなみに三代目カリフは、ウマイヤ家から選任されていたのですが。
この死に際しウマイヤ家は、「その責任が四代目カリフ「アリイ」にある」とし。アリイが存命中にも関わらず、勝手に五代目カリフを擁立し。

ウマイヤ家とは違う勢力とされる者により、アリイが殺された事により、ウマイヤ家党首が単独の指導者となり。
選挙ではない、世襲によるウマイヤ朝が開始され。このウマイヤ朝期にイスラム教勢力は、急激に版図を広げる事になりました。

このように、ウマイヤ朝までのイスラム世界は、イスラム教を開いた「アラブ人」の特権により政策運営がなされており。
この期までのイスラム世界を、「アラブ帝国」と呼びます。

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W アラブ帝国からイスラム帝国へ。

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世襲による安定した政権運営の元、急速に勢力を拡大したアラブ帝国ですが。
被支配国民族からの反発が強まり、特に元ササーン朝、つまりペルシャ人(アーリア人)の間で広まった。
イスラム教の不平等部分の是正運動に、アッバース家が加担するようになると、ウマイヤ家は急速に衰退し。ウマイヤ朝は崩壊してしまいました。

この言わば「宗教改革」の象徴とされたのが、この時既に死んでいた「四代目カリフ「アリイ」」であり。

アリイを崇拝する派閥を以降、アラビア語の「派」を意味する「シーア」と呼ぶようになり。
また、アリイの遺体が安置される、現在のイラクの「ナジャフ」が、シーア派の聖地となり。
さらに、政権はシーア派を糾合したアッバース家が担うこととなりました。

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このようにアッバース家は、宗教改革を旗印に。シーア派の後ろ盾の元。ウマイヤ家排斥に成功した訳ですが。

いざ政権派閥に収まると、一転、シーア派排斥に転換してしまい。
当然シーア派の猛反発を被る結果となり。

その初期にはイスラム世界全体で見ても、「絶頂期」を迎えたにも関わらず。

排斥した筈のウマイヤ家が、スペインで後ウマイヤ朝をうち建て、独立すると。
アフリカ北部の、ファーティマ朝やイドリュース朝等が次々に独立し。

結果、中央のバクダードのアッバース朝は衰退の一途をたどりました。
(アラブ人の特権主義を是正した事から、これ以降をアラブ帝国から「イスラム帝国」と呼びます。)

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このように記すと、「なんだかイスラム世界は勢力争いが凄い」って思いがちですが。
確かに戦争も多発したものの、とは言え「人類史の中で際立って動乱の時代」と言うには程遠く。

特にアッバース朝期以降、各王朝が独立した後は定常状態。
と言うより、勢力分布は大きく変動したので。ヨーロッパ中世後期の「現状維持(ステータスクオーク)」に近い状態となり。

「むしろ、かなり平和な世界が続いた」とも言えるでしょう。

イスラム世界の各王朝では、「華やかな都市文明」が謳歌し。現在も残る、交易活動を中心とする、アラブ人社会が形成されたのです。

象徴的には、ササーン朝ペルシャに伝わる物語を編纂した。「千夜一夜物語」などは日本でも有名ですね。

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X シーア派、カリフ、そして最後のキーワード「スンニ派」登場。

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衰退の一途をたどるアッバース朝は、この辺の記憶は定かでないのですが(間違っていたらごめんなさい)。
当時一瞬(ほんの短期間)、ユーラシア大陸を蹂躙したモンゴル勢力下のトルコ。確かルームセルジューク朝にバグダードが占領され(違ったかな?)。

この侵略者に対しアッバース朝カリフは、政治・軍事の権力を委譲し。
結果、アッバース朝カリフは世俗権力を伴わない、単なる宗教上の象徴的存在と化してしまいました。

そしてこの時。
アッバース朝カリフから、(確か)ルームセルジューク朝改め、オスマーン朝となったトルコの指導者(確かセルム一世)に与えられたのが。

古代シリア語で権力者を意味する「シュルタン」の称号で。このシュルタンがなまって、「スンナ派」という。

言わば、イスラム世界を語る上で重要な、最後のキーワードが登場するに至りました・・・・。
(文献によっては、アッバース朝初期に「スンナ派」「シーア派」という言葉を使っている事がありますが。
正確にはスンナ派はこのように、後年、オスマーン帝国で発生したものです。)

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オスマーン帝国はご存知のように。
東ローマ帝国を滅ぼしたり、神聖ローマ帝国を脅かしたりと。強大な権力と、広大な版図を形成した大帝国であり。
ヨーロッパ世界にも、強烈な恐怖と影響力を及ぼした帝国です。

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PS.すみません、この章は特に「うろ覚え」だったのですが。訂正を。

アッバース朝を席巻し、バクダードを占領したのは「ブァエフ朝」の「アミール(軍隊の階級称で、佐官くらいかな?)」で。
この功績によりブァエフ朝アミールは「大アミール(将軍か元帥ってとこかな?)」を称するようになりました。
(アッバース朝カリフは侵略者に実権を奪われました)

アッバース朝カリフから初めて「シュルタン」の称号を授かったのはルームセルジュークではなく、セルジューク朝(時代)の最高指導者でした。

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Y アラビアのロレンスは変わり者?

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中東世界でも随一とされる、美しい都市「ダマスクス」。

現在はシリアアラブの首都となっていますが、古くから、つまり古代世界の昔から重要な拠点であり。
当然、大勢力を誇ったオスマーン時代には、この支配下にありました。

二十世紀初頭にはカリフ制度(カリフがシュルタンを任命するという伝統と併せると、カリフ制度とシュルタン。)が廃され、トルコ共和国が成立しますが。
ダマスクスの統治権は、そのままトルコ共和国へと受け継がれました。

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そして、映画「アラビアのロレンス」の時代です。
観たこと無い方はぜひご覧ください、ひじょうに面白く、お勧め映画です。

ディテールはつまり、「変わり者」とされるイギリス軍士官「ロレンス少佐」が。
アラブ人のカリスマ的存在の、ファイサル国王の知己と信任を得。

なんとイギリス人ロレンスがアラブ人を率いて、各地で反乱を誘発し、トルコに抵抗を続け。

最終的には、ダマスクスを。ロレンス率いるアラブ人兵が占拠し。(名前は何だったか)アラブ人政権を樹立も。
たった数日でこの政権は空中分解してしまい。失意の下、ロレンスはイギリスに帰国し、不慮の事故死であっけなくこの世を去ってしまう・・・。
という内容です。

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そして。

世界は「第二次世界大戦」という地獄を経験し。

その結果発生した「(ユダヤ人)イスラエル」に対して、トルコ、エジプト、中東諸国等は猛反発を示し。

このページの第一章の時代。つまり現代世界へとつながる訳です・・・・。

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Z 編集後記。

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ここまで読む人も居ないでしょうが、如何でしたでしょか。中東情勢。
トルコ共和国がなぜEU加盟がならなかったのか?
歴史的背景があるのか無いのか?。

近年、というより。ここ数ヶ月イギリスは大混乱。ブレイクジット・クライシスに見舞われています。

世界中のあちこちに「火を放つ」トランプ大統領。

そんな中で起こったトルコの侵攻は、このページで記したようなオリエント中世史との因果関係はほとんど無いと言えるのでしょうが。

なんとも歴史の皮肉とでも言いましょうか。

関わっている面子が同じような再登場しつつあるような、無いような・・・・。

という感じがして。とにかく「あのトルコが」、と、驚いたしだいでした。

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