.

トムキャット「キーーーーーーーーーーーーン」「ポーン」「ポワ、ポワ、ポワ・・・・」。

セラ「むーん、よく寝た。・・・・・。」「ここどこだろ・・・。(チヨミだったら「チョッと待て!」)」

セラ「・・・・・。すごい雲、アラク上空じゃないのね。またやってしまった「領空しんぱーん(侵犯)」デス」。

セラ「まずやるべき事わっと・・・。慣性航法装置のデータ消去で証拠隠滅でーす。」

(チヨミだったら「自分の位置確認、被侵犯国への連絡。やること・あ・る・で・しょ!もお!!」)

セラ「えーと、ギリシャ沖ですね。あぁ、フライトプランの東と西が間違ってましたって顛末ね。(チヨミだったら「・・・・・・・・・・・」)」

セラ「そういえば眠りに落ちるとき、ユリカゴみたいに揺れたわ、あれが180度旋回だったのね」

セラ「それにしても、ヤッパリ冬の地中海は大荒れデスね」

.

予告編でチーム・ファミリーアーレス・レギスの結成編を公開していましたが。
その前に、もう一話差し込みます。

ファミリアーレス・レギス、命名編です。

.

.


.

セラ「ふいー。いちじはどうなるかと思いました。」

セラ「88A空いてますか?。着陸許可お願いします。」
セラ「VOB205、アウター・マーカー・フライパス」「ファイナル・アプローチ」

.

セラ「トゥタンウザンド・ファイブハンンドレッ。フラッペロン・エクステンド、ギア・ダウン。」

セラ「あの家・・・、男物の洗濯物が干してある。いよいよ男と同棲始めたんデスね」
コントロール「リベカの家かい?。この間オトコと一緒にいたよ、そいつだろ。」

セラ「がんばってね、リベカさん。」

.

.


セラ「ふぃー、終わったっと。」

.

.

.


.

.

チヨミ「どーしたの」。 チヨミ(大きすぎたわ、これ)

チヨミ「まさかあの作戦が発動したの?見切り発車で・・・」。ジュバイ「ちがうんだ。」
ジュバイ「さっきラムズフェルド国務長官(アメリカ外務省長官)から連絡があった・・・。」

ジュバイ「このチームの名前を、ぜひセラに付けてくれって・・・」 チヨミ「まずいわ!絶対ありえないの付ける!・・・」 ジュバイ「だろ!

.

.


セラ「ファミリアーレス・レギス、デス。」

.


一同ガッくし。 チヨミ・ジュバイ(ヤッパリ・・・・・。って、ん?意外とまともね)。

.

ジュバイ「響きは悪くないけど、ラテン系の言葉だな。」
チヨミ「ねぇどういう意味なの?」 セラ「ロゲリウス二世の「手下」達デス」

.

ジュバイ「間違いなくラテン語ジャン」 ジュバイ(この子は言い出したら曲がらないし・・・)

ジュバイ「大丈夫か?。ここはシーア派のメッカ、ナジャフだぞ?」
チヨミ「・・・・・・・・・・・・。」 チヨミ「あぁ、ルッジェーロね。大丈夫よ」

.

.

ジュバイ「こんどは、イタリア語?」 チヨミ「大丈夫よっていうか、良いわそれ」「ハイこっちの方が良いでしょ」 セラ「ありがと」
チヨミ「ノルマン・シチリア王国の国王よ」

ジュバイ「うーん。もっと悪くなっているように思えるが・・・。ノルマンって、イングランドのノルマンディ公ウィリアムの、あのノルマンだろ?」
ジュバイ「イスラム教の天敵ラテンカトリックの最右翼じゃないか」「あんまし引っぱるなよ」

.

.

.


.


セラ(って。気が付けばきょうかん・・・。服がエロ過ぎですぅ。はつじょうですかぁ。)
↑ セラの頭をよぎったイメージ。 ↑

.

.

.


.

チヨミ教官の特別講義。ヨーロッパ文化の「つぼ」。
ノルマン人とノルマンディー公国」です。
(この話は正確には「公国」じゃなく「シチリア伯領」ですが、ノルマン系諸国家という意味で。)

.

.

火を吐くドラゴン。北欧ヴァイキングのベオウルフ伝説。(映画「ベオウルフ」より)

五世紀末。

西ローマ帝国が崩壊すると、怒涛のごとくゲルマン人諸部族が西ヨーロッパに流入して来ました。いわゆる「ゲルマン人の大移動」です。
アングロ・サクソン族、フランク族、スラヴ族、ヴァンダル族。(ちなみに今のドイツもゲルマンと呼ぶことがありますが、ほとんど関連ありません。)

その中の北欧地域を拠点とした部族が、ノルマン人を中心とする「ヴァイキング」です。

.

.

ゲルマン人たちはおのおの、旧帝国領にさまざまな王国や村々を築いていきました。
ゴート王国、ブルグンド王国、オドアケル王国、フランク王国。

帝国の圧政を退け、「自由」を勝ち取ったゲルマン人達?残念、そうはならなりませんでした・・・。
ゲルマン人諸王国は、お互いが激しい戦いを、長い間。何百年も繰り広げ。暗黒の時代に突入してしまったのです。

.

耕作地は荒れ果て、強力な農業生産力に支えられたローマ帝国の姿は消え失せ。
この頃のヨーロッパは近代歴史学では、麦の収量倍率が、驚くほど低下していたと推算されています。


チヨミ「ほとんど、食べるものも無いまま戦争ばかりしてたって感じね。」

.

.

そんな動乱の世を、「一時」制圧する人物が現れます。「シャルルマーニュ一世」です。
チヨミ「私の国、フランスの建国者よ。」

しかしシャルルマーニュ死後、帝国領は分裂し。戦乱の世に逆戻りしてしまいます・・・。
(通常、フランク王国を「帝国」と呼ぶことはありませんが。シャルルマーニュが皇帝に戴冠されたので、あえて帝国と呼びました。)

PS. シャルルマーニュ一世は、ちょうど800年に即位しましたが。やはり以降は「帝国」と呼ばれていました。ただし通常。
フランク王国はカロリング朝・ヴァロア朝・ブルボン朝等がありますが、この場合「カロリング帝国」と呼ばれます。

.

そして9世紀頃からは、ヴァイキングの略奪・破壊が猛威をふるいます。
ヴァイキングの襲撃は凄惨を極めました。皆殺しは当たり前。すべてを奪い、すべてを焼き尽くしたのです。

チヨミ「特徴的なのは、ヴァイキングはあまり「捕虜(奴隷)」を取らなかった事よ」「捕虜が要らないから皆殺し・・・・。短絡的ね。」

.

.


現在のノルマンディ・モンサンミシェル。(9世紀頃は修道院施設のみでした)
遠く離れたノルマンディとイタリア南部。実はつながりがあります。

モンサンミシェルと、イタリア南部の「モンテ・サンタンジェロ」は、
どちらも「大天使ミカエル」をまつる聖地で、巡礼者の交流が古くからあったのでした。

.

.

ヴァイキングによってもたらされた「恩恵」も大きく、ヴァイキングの襲撃を好意的にとる見方もありますが。
残された資料からは、当時の西ヨーロッパの諸国のほとんどの国が「壊滅的打撃」を被っており。

現代に至るまで残っている、「ヨーロッパ人の強い封建主義」の源となっているとされるのが学説の主流パラダイムです。

.

そのヴァイキング・ノルマン人の一部が、略奪をやめ。フランス北部に定住し始めました。
そして、定住してから約一世紀が過ぎようとする、十一世紀に興ったのが「ノルマン・シチリア王国」です。

定住を始めたノルマン人は、しばらくおとなしくしていたのですが。
十一世紀になると、イングランドとシチリア島に進出し始めたのです。

.

イングランドを攻略したのが、かの「ノルマンディ公ウィリアム」で。
その後イギリスは、映画「ブレイブハート」よろしく。イングランド、スコットランド、アイルランド。三つ巴の戦いを長らく続ける事となります。

一方、シチリア島を治めたのが「シチリア伯・ロゲリウス一世」です。(王権の執行は二世から)

.

.


ベオウルフ王を彷彿とさせる。
ロゲリウス一世(イタリア語でルッジェーロ一世)の雄姿。

しかし、同じノルマン人支配の国家でも。
その成立過程も、できた王国行政制度も。全然違うものとなりました。ある意味、対照的とも言えるでしょう。

ウィリアム公爵は、ヘイスティングスの戦いでイングランドを破り。文字通りの専制君主の、典型的な王国を作り上げますが。
シチリア伯爵の「ノルマン・シチリア王国」は。当時の現地住民の勢力を糾合するようなかたちで成立し。

.

なんと当時、現地に存在した。
イタリア南部の「ランゴバルド系」のビザンツ勢力、シチリア島のイスラム勢力を「包括的」に統合する。

今で言う「共和制」のような王国が成立したのです。


チヨミ「ビザンツ勢力、イスラム勢力。そしてノルマン人のラテンカトリック。」
チヨミ「ノルマンシチリア王国は、三つの勢力を統合するように成立したの。」

.

.

王国行政も対照的で。
イギリスは、今でも知られている通り。「国王陛下」の権力が極めて強い、専制君主制が布かれ。近代に至るまでその傾向が強かったのですが。

一方のシチリア王国では。
悪く言えば国王が、政治を官僚に「丸投げ」し。国王は象徴的存在として、実質的にはビザンツ・イスラム・カトリック。

三つの勢力が、不思議と争うことなく共存しながら官僚組織を形成し。王国を運営していったのです。


セラ「そのロゲリウス一世の手下が、「ファミリアーレス・レギス」です。」
チヨミ「つまり官僚組織の名前ね」
ジュバイ「イスラムとカトリックとビザンツの並存か。なるほど良いな。」

.

.

.


.

と。いう訳で。
発足しました「ファミリアーレス・レギス」。よろしくお願いいたします。

ところで。カッコいい、美しぃ、エロぃ!!。
今回は本当に、ホットスタッフの素晴らしさを再認識しました。(ファイセンも、着せやすいし良く動くし。たいしたもんです。)

.

.

追記。トップに記しませんがひっそり追記します。作者自身読み返して、チョッと気になったので。
「〜人」とか「〜族」と言った表記に付いてです。

.

教科書にも書いてあるし、来訪者様もご承知の上との前提で。「ノルマン人」とか、「スラヴ族」等と書きましたが。
ご存知のとおり、ゲルマン人だのラテン人等と言っても。交流や混血が進み、分類学上ではほとんど意味が無い、と言うのが歴史学上のパラダイムです。

その上。
「民族」だの「人種」だのを、明確な目的を前提としないまま語る事。ましてや、これを持って価値観とすることの危険性は言うまでも無いものと存じます。

「明確な前提」等と、やや複雑な表現をしましたが。つまり、歴史学では。
「人間の移動」や「勢力分布」等の表記上、これら「人種」だの「民族」と言った表記をせざるを得ないという事です。

.

ましてや。
19世紀、20世紀に至るまで、交流が乏しかったアジアやアフリカ等ならともかく。
古代ローマ時代から、否、オリエントの昔から。極めて人間の移動・交流の激しかったヨーロッパ地において。

これら表記は、むしろ「差別以外の目的を持たない」。と言っても過言ではないでしょう。

.

これこそが、「ヨーロッパ文化の単一性」の原因です。たとえば「中国」と「日本」を比べても。
日本文化の礎は紛れも無く中国文明ですし、長い歴史上、一時的を除けば、ほとんど途絶えることなく交流していた。
にもかかわらず、ご覧のとおり。着る服も宗教も、文化的要素が結構違いますね。

これは「交流の度合い」が、ヨーロッパの方が格段に強かった事を示しているのです。

.

.

ピンと来ない部分もあるので。「ほんの一部だけ」書いても。

「ハンガリー帝国」の支配者層・貴族層は古来ドイツ民族であり。
たとえばスラヴ系民族の、「チェコ・スロバキア」「スロベニア」「ユーゴスラビア」(「スラヴ」という意味)等を支配してきた歴史を持ちます。
(もちろん他にも虐げられてきた民族はたくさんいます)

ポーランド・プロイセンがらみ、ルーマニア・ハンガリーのマジャール人。ドイツ民族の、神聖ローマ帝国から続く、極めて複雑な歴史を物語っています。

.

実質的には、「階層社会」等と言っても。その交流の現状から、「ドイツ民族」「スラヴ民族」などと分類することは「ナンセンス」であり。
意味が無いばかりか、その後民族意識が高まって来るに従い。
中世の「宗教差別」に代わって、勢力争いの「道具」となるようになってしまったのです。

.

この例で行けば、イタリアがハンガリー帝国を破り。ギリシャ系文化。
ギリシャと言うと分かりにくい、ビザンツ系文化・正教文化との対立(ロシアも正教系・スラヴ系民族です)。

具体的にはバルカン半島を中心とする、旧ハンガリー帝国(ドイツ)に対する権益の主張(地中海権益)が。
後の二つの「世界大戦」の火種となったことは有名ですね。

さらには人類史上最大の悲劇、ホロコースト・ジェノサイド。も、しかりです。

.

ドイツ民族は二つの大戦で、ことごとく枢軸側に立ったので、悪者扱いされることがしばしですが。
ハッキリ言ってヨーロッパ諸国などは、「どの国も似たようなもの」と言えるのはご承知の通りです。

なにが言いたいのか、ますます分からなくなったぞ。
つまりこの例の場合、「支配するドイツ」「支配されるスラヴ民族」と言う構図を見ることができ。
おのずと、何も知らずに「スラヴ族」という言葉を用いると。差別的意味を含んでしまう事がある。という事です。

.

もし。
ドイツ・ハンガリー・スラヴ。この辺に興味を抱いた方は。キーワードは意外にも、ベルリンではなくウイーンでもなく。

「チェコ」をご覧ください。

「フランスの歴史紹介」ページでも、「堕落の象徴」として取り上げた。「ボヘミア革命(ボヘミア王国)」の街。
なぜこれほど親しみやすい街が、あの「お堅い」ドイツ領(ハンガリー帝国領)に存在するのか?です。

.

.

最後に。

今回このページで「共和制」という言葉を使いましたが。
この「共和制(政体)」という概念を、日本人は理解できない理由も分かると思います。

同じ「島国」という事もあり、イギリスと日本は似ている。またイギリス(とドイツ)から法制度を輸入した事から。
「制度そのもの」に対する理解は大変に進んでいますし、実際、日本は世界屈指の民主共和政体国家です。

.

しかし一方で、「理念」に対しての理解は浅く。
このページでシチリア王国に対して「共和制」と表現した事を、おそらく理解頂けないものと思います。

ノルマン・シチリア王国は制度的には、明らかに専制君主の王国であり。
共和制で有名なSPQR、ローマ帝国と違って「選挙」も行われていなかったからです。

.

「選挙していないから専制国家?」、「選挙しているから民主共和制?」。

この辺に日本人の抱える、「制度に対する知識の深さ」と「理念に対する理解の低さ」が見られるのです。

.

.

「良い」「悪い」の倫理観をチョッと別問題としてください。

ローマ帝国は強い帝国主義の下、帝国領内に「もの凄い数」の民族を内包する結果となりました。
(打ち滅ぼした奴隷民族に対しても市民権を与えて行ったためよけいです)

もちろんロムロス(ローマの語源)時代の民族融和精神に端を発しているにしろ。
逆説的であるにしろ、さまざまな民族を抱え込む上でつまりローマは。「共和制が絶対不可欠」だったのです。

.

共和制にしなければ、あっという間にバラバラになってしまう事を信念として持っていた。

共和政体の大切さを肌で感じていたのです。

.

日本人はどうでしょう?
「選挙制度」「権力分立制度」または資本主義制度を根幹とする、「自由主義制度」含め。高等教育制度と相まって。

「制度に対する理解度は世界最高峰」です。

.

じゃあ理念は?。

中国人と共和・共存を積極的に考えた事はありますか?

韓国人と共和・共存を積極的に考えた事はありますか?

.

となった時。

「排他主義・封建主義」ばかりが先立って。
真の意味での「共和主義の精神・理念」を理解する人は、残念ながら極めて少ない。

作者はそう思います。

作者は夢があります、中国首脳と日本首相が共に。
靖国神社を参拝し、九一八事変碑を訪れる事です。

.

「始めにお読みください」でも語りましたが。
今回も軍事的側面、民族主義的表現を使ったので。改めてこのページのポリシーを綴りました。

ここまで読む来訪者様もいらっしゃらないだろうと考え、ここまでつづったのですが。
日ごろ歴史に思いをはせている作者としては、ヴァイキングの残虐行為が目に浮かび。
少々感情移入したようです。

また最近。日中関係も「おさらい」したので、南京大虐殺などの歴史が重なってしまいました。
現日本政権もしかりですが。一般の日本人全体に。

大日本帝国の行為を正当化しようとする考え方。

こうした価値観をもった人が、意外に多いことにびっくりします。
何も知らずに、「わからなーい」という人と。「蒋介石は日本で教育を受けたんだ」という人と。

日本人は、極めて思想が二極化している。そう思う今日この頃です。
また、こんな「着せ替え人形」ページでは、こんなコメント違和感がありますが。様々なホームページで「軍事」が、熱く語られていますが。

.

このページは、絶対に軍事を称賛しませんし。帝国の主義・行動を支持しません。

.

このために、軍事色・民族色が強くなった場合。今後も再確認する可能性があります。

.

.

.

セイレーン PARTVへ

return top